締付けリングの製作② Montblanc 644N

モンブラン 644N (1950s) のキャップ受けリングを、オリジナルと同じ形に作って下さい、と言うご依頼を受けました。アンティーク・モンブランに詳しい方、このモデルがお好きな方は、写真で少し違和感を覚えるかと思います。そう、胴軸と首軸の間のクランプリングの形が明らかにオリジナルと異なります。おまけにリングの外形が両脇の軸より細いのです。嵌合式のキャップを適度な抵抗で受ける役割のリングがこれでは、しっくり行かないのもご尤も。

 

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取り外すと、やっぱり変。クランプリングを紛失した以前の持ち主が何か代用にと、これを取り付けたことは明らかです。

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このパーツのみの入手は容易ではありません。という訳で、ウェブで検索したオリジナルの写真を元に、真鍮から削り出して作ってしまいます。やることは前回の当記事

ジュエリーも作ります Waterman Lady Agathe - 筆記具工房のブログ

と基本的に同じです。

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一応、形通りに削り出しました。取り付けて違和感がなければ形は成功。

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キャップを被せて、適度な閉まり具合であることを確認出来たら、完了です。このリングは、単にキャップ受けの一部であるだけではなく、ジュエリーのようなデザイン上のアクセントにもなっています。オリジナルに戻したいお気持ちは頷けます。

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万年筆製作日誌① 国産現行カートリッジ式のボディ作り

筆記具工房では修理だけではなく、一部業者様向けに試作を含めた製作も行っております。今回ご紹介するのは、個人のお客さんからの依頼で作りました、万年筆のキャップと胴軸です。国産メーカーの中型サイズ万年筆をベースに、少し太い軸をエボナイトで製作して欲しい、というものでした。他クリップ無しで、キャップ・胴軸ともオリジナルと同じ長さで。

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今回の写真はブログ用ではなく、お客さんに途中経過を見て頂くために撮ったものです。上と下の2枚は不格好なストッパー(転がり防止)が付いていますが、これはクリップ無しに対応するこちらの一つの提案でした。最終的にはストッパーも無しで選ばれました。

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今回の製作依頼の目玉は、コンバーター用のブラインドキャップを設ける事。「胴軸の後ろを外して、ボタンフィラーのようにコンバーター操作で吸入する軸は可能でしょうか?」と相談されました。ブラインドキャップを設けるのは、過去インク止め式やボタンフィラーの製作でさんざんやって来たので慣れてはいます。気を付けた事と言えば、コンバーターの脇のスペースを可能な限り狭くした点です。

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吸入する時、コンバーターが左右にグラつかないようにするため。でもあまりきつめにするとコンバーターを取り換える時、外しにくく傷も付けてしまうのでそこは適当に。

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胴軸を磨いて完成しました。ご注文はストッパーも無しのシンプルな仕様です。これもお客さんのご希望で、ブラインドキャップの表面に溝を設けていないので、閉じた状態では外側からは分かりません。

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納品(発送)前に改めて握って見ると、樹脂製の一般に売られている万年筆よりも太い軸だけあって、その安定感に「これはいいな~」と実感しました。依頼主様のアイディアに、また一つ勉強(+技術習得)になりました。もちろんオリジナル万年筆製作の場合は、首軸を含めた全製作やクリップ、キャップバンドの有無など選択は色々ございます。

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回転式ペンシルの修理 Montblanc Meisterstück 165

当ブログでは初めてペンシル(メカニカルペンシル)の修理を掲載します。モンブランの20年以上前の回転式ペンシル(ツイストメカニズム)で、キャップチューブ側を右に少し回転させると芯が出る仕組みです。ところが、胴軸とキャップチューブを繋ぐネジが緩んで空回りしてしまい、芯を出せません。調べたところ、幸い内部のメカは故障しておらず、前述の緩みが原因でした。

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胴軸側の雌ネジの摩耗がかなり進行しており、ネジが全く噛み合いません。内部を削って樹脂材を埋め込み、再び穴を空けてネジの切り直しする方法を考えました。そうすれば、オリジナルの胴軸をそのまま流用できます。しかし、内径を広げるための刃物(平ギリ)を当てると、熱膨張で胴軸の外側が変形してしまいました。結局、胴軸をゼロから手作りする事になりました。

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材料となるエボナイトで中身だけ完成しました。口金受けのネジ、ペンシルメカユニットが入るスペース、そしてキャップチューブと繋げるネジを切りました。

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今度はオリジナルと同じ形に、外形を削っていきます。

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ほぼ同じ形に削れたところで、一旦すべてのペンシルのパーツを仮付けして、細かい部分までチェックします。握った感触はどうか、ツイストアクションで芯がステップ動作で出るか・・・・・・etc ペン芯を補充する際の、キャップチューブを左回しで接続ネジごと取り外せる事も確認します。

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こうして外観がオリジナル通りであること、すべての動作が問題なく行える点を確認出来たら、胴軸を磨いて修理完了になります。

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ペン先研ぎ出し・調整 細字化 B → F / PELIKAN 100

普段修理を中心に採り上げて参りましたが、ペン先の調整も決して少なくない大切な業務の1つです(と言うよりも、シャッターチャンスがなかなか無いのです。まして、持込みのお客さんの前で一々写真を撮るのも憚られます) 実際、最近はペン先調整のご依頼も増えています。”ちょっと引っ掛かる”、”前より書きづらくなって来た”等々。今回はお預かりの調整依頼です。しかもこのお客さんへの研ぎ出し調整は昨年もありましたので、書き癖やご要望は把握しています。

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ペリカンのアンティークで、字幅は恐らくM。長年使われたようで、実際このペンで文字を書くと、Bくらいに太くなっています。因みにアンティークに多い、ペン先が柔らかく撓るものは研ぎ出し調整の難易度も高いです。「これを手帳用に使いたいのでFぐらいに細くして欲しい。自分の筆記角度に合わせ、インク出はやや渋めで・・・云々」とメールで具体的なご指示をいただき、更に万年筆を握ったご自身の手も写真添付してくださいました。後ろの字は工房に届いて現状の太さをチェックするために書いたものです。

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ペンポイントの研ぎ出し作業に入ります。写真は荒削りの第2段回。砥石が回転している写真で見辛いですが、研ぎ出す字幅に合わせた溝を設けてあります。余談ですが、専用の物が売っている訳でもないので、これらは自分で彫った溝です。※先端に人工ダイヤが埋め込まれた工具を使用。また砥石も場所によって、表面の粗さが異なります。もちろん、超鋼やより硬い砥石等を使って(自分なりに)仕事しやすいよう仕上げる訳です。

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まだ途中ですが、1枚。

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ペンポイントがまだまだ大きく見えますが、ルーペを外した目線では結構小さくなっています。

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一旦表面を仕上げポリッシャーでさらい、試し書きに入ります。

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上の線や数字が研ぎ出す前、下が研磨後になります。お客さんの握り角度や筆圧を想定した書き方で、まあまあのタッチ&滑りにはなりました。ちょっとまだ太いのと、インク出をもう少し絞る必要があります。再び研磨レースに向かい、試し書きを繰り返します。

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一応「ここまで」と自分で判断したところで研磨・調整作業は終了です。しかし納品までには、ペン先全体の表面磨きや洗浄が待っています。削った粉塵で、表面まで細かい傷が結構付着してしまうのです。金磨きクロスでも取り切れない今回のような場合は、バフ掛けを行います。ペン先をマスキングすればその工程も省けるかと言えば、そうでありそうでない場合もあります。バフ掛けの様子は、また次の機会にご紹介します。

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ボールペンの修理② WATERMAN Laureat

ボールペンの修理で多いのが、落として破損してしまったケースです。特に外国製の高級品ほど、落とした時の破損率は高いです。本体の材質に重いメタルが使われるのがほとんどで、幾らメタルのボディが頑丈でも、破損するのは決まって内部の樹脂パーツです。中でも重さや衝撃に弱い、肉薄な接続ねじ部がやられてしまいます。今回ご依頼のボールペンは、ウォーターマンの20年ぐらい前のモデルで、『ロレア』というシリーズ。メーカーからパーツ在庫終了で断られた物です。胴軸と口金を繋ぐ樹脂製の前軸が折れてしまっています。

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ねじの上に接着された物で、本来開かない部分です。(黒い樹脂の)グリップ側の折れて分離したねじが胴軸内に残ったままです。

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胴軸からやっと、その残り部分を取り出しました。

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2つに分離した破損パーツを片手で抑えながら、全体の形やねじのピッチ(間隔や規格)を計測し、本来のサイズも割り出します。それを終えてから、同じパーツを製作する作業に入ります。写真は削ってアールを付け、口金受けのねじを切り終えたところ。

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口金をねじ回して無事収まったところで、更に口金と面一(つらいち)になるように外形を僅かに削りながら整えます。当然、この後の研磨でコンマ単位で減る分も計算に入れます。

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胴軸に収まるよう雄ねじを切り終え、破損する前の形に復元できました。もちろん内径も、オリジナル通りに・・・・・・いえ、多少肉厚にしました。再び落とされた時のため、ついでに強度も上げます。

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表面を研磨して刃物傷を取り除いて光沢も出し、最後によく水洗いします。再び取り付けて、芯の出具合・引っ込み具合を見ます。この時点でばねが曲がっていたり、引っ掛かり気味だったら、それも交換してしまいます。

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完成。材質の違いも手伝ってオリジナルの新品時より、丈夫になりました。繰り返しますが、くれぐれも落とさないように(重いペンは尚)注意してお使いください。余談ですが、古いボールペンは破損しなくても自然摩耗でねじが緩くなって、外れてしまうケースもあります。※非接着の場合

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キャップ縁部分の修復 Montblanc 149 1950s

アンティーク万年筆によく見られる、キャップ縁(へり)部分のクラック修復依頼です。このモンブラン No.149の最初のシリーズ(1950年代)は、ボディがすべてセルロイドで作られている事と経年の劣化により、特にこの部分が割れやすいのです。

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ハの字に大きく割れて広がっているので、もはや接着は無理です。やはり他の材料を一から削って、継ぎ足す方法を採ります。数年前に全く同じ修理(もちろん同じモデル)を行った経験があり、今回もその方法で進めます。前回成功しているとは言え、非常に緊張を伴います。と言いますのも、キャップのクラック補修はたまに依頼されるのですが、同じ修理でもこの万年筆は最も難しいです。リングが大小合わせて3つという、非常に複雑且つリスクが大きいケースです。さて問題はどこで切断して、どこまでオリジナルの素材、どこから継ぎ足すかです。裏側からも覗いて、クラックが一番下のリングの少し上で止まっている事を確認。真ん中のMONTBLANC刻印がある太いリングの、真ん中を境にする事に決めました。糊代も兼ねて、ここが安定するからです。

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削り作業開始。縁と一番下のリングより僅か下部分を切断しました。切断、削り、リング取り外し・・・と慎重に順を追って進めます。ちょっとでも油断すると、回転の遠心力でパーンッ!と、キャップ本体がバラバラになる恐れがあります。内ねじの下に見えるくすんだメタルはインナーバンドです。

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真ん中のリング下すれすれまで削ったところで、この一番太いリングを取り外します。前述のインナーバンドも取り外します。このインナーが抵抗となり、収縮を抑える役目を果たしていました。尤も作られた当時はどこまで経年劣化対応だったのか疑問です。単に外からの衝撃を緩和するための物だったとも考えられます。ただ、ねじが硬くなるのを多少なりとも防いでいる事は確かでしょう。

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太いリングの裏側半分まで削ったところで、削りは一旦終了。

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一方こちらはキャップ本体に見えますが、これは継ぎ足し材用に轆轤にセットして、途中まで削ったエボナイトです。

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リングを仮付けし、それを載せる土台の合わせ具合を見ます。軽く押し込むぐらいのきつさを残します。文字が逆さになっているのが分かりますか? 本体側と逆だからです。

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今度はキャップ本体との合わせ具合を見ます。内部にインナーバンドも入れています。本番の接着の時は、インナーバンド表面と、リング土台の溝の両方に接着剤を塗布し、二重に安定させます。因みにオリジナルのリングは(後述のように)非接着です。

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接着乾燥後1日置いて、更に一番下の細いリング(糸輪)用の溝を彫りました。この時点で、まだ縁部分はストレートです。

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縁をオリジナル通りの形に削り(アール付け)、作った専用治具でリングを叩き込み(圧入)ました。さて見た目は完成ですが、この後内部(ねじから下)の内径調節をします。キャップを閉める際に胴軸をこすらずスムーズにするためと、胴軸の後ろ側に挿す際にも、ぐらつかず安定して収まるようにするためです。

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継ぎ足した部分とキャップ表面を磨いて完成。一緒に写っているのは、最初にカットしたオリジナルのキャップ縁と、交換した胴軸のコルクです。

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この修理の大変なところは、肉薄で接着箇所がほとんどないことです。その制約の中でも安定した修復を施さなければなりません。こればかりは、数をこなして身に染み込ませるのが一番みたいです。

PARKER 75 首軸リングの修理

パーカー75 の首軸からのインク漏れを直します。「書いていると、どうしても手がインクで汚れる」とお問い合わせがあった時、”ああ、後期のFRANCEモデルかな”と思ったら、意外や前~中期型のUSAモデルでした。パーカー75 は樹脂の首軸先端にメタルのリングが付いているのがデザイン上の特徴です。ここのリングがインクの腐食に割と弱く、亀裂(酷い場合は穴)を起こしてしまうケースが結構あります。コストダウンからかデザインの作りからか、後期型のFRANCEタイプにこの症状は集中します。ところが前述の通り、頑丈な(筈の)USAタイプでした。写真では最も目立つクラックが映っていますが、反対側にも2か所確認出来ました。

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リングを取り外した首軸本体。クラックが3か所もある上、メタルの材質は薄く、おまけにねじの力で取り付ける時再び傷口が開いてしまう事は明らかです。

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という事で、リングを作ってしまいます。材料はインクの酸に強いエボナイトを使います。ベース材に内ねじを切って、首軸を仮閉め。ねじの閉まり具合を調節します。ここはまず外す必要がない所ですから、きつめにします。因みに材料の一本線は、カットするために付けた印です。

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一応、削りが完成しました。左は取り外したオリジナルのリング。

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完全に出来上がったように見えますが、キャップとの合わせ=微調整という大切な作業が残っています。この万年筆は嵌合式で、パチンと嵌って留まる構造です。それはキャップ内部にあるバネの窪み個所と、リングの先端の微妙に広がった個所(ツバ)が上手く”抜けて”収まる構造です。ここのツバの外径がちょっとでも広いと閉まりが硬く(更に僅かに削る)、逆にちょっとでも削り過ぎるとカパカパに緩くなってアウト! 一から作り直しです。

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オリジナルと同じ感触でキャップを開け閉め出来る事を確認したら、修理完了です。因みに前述のFRANCEタイプはこちら☟

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ご参考までに真鍮で製作したリングが以下の2枚です。こちらの方が幾らか割高ですが、ご予算に応じてどちらでもお作り致します。

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パーカー75 の同じ症状の修理は、年に3件くらいは来ます。オリジナルのリングがインクの腐食に弱いと書いて、75をお使いの方は不安に思われるかも知れません。ですが、インクが固まったまま長期間放置せず、綺麗に水洗いしてから保管すれば充分長持ちします。またインクを入れてお使いの場合も、色が濃くなる前の頻度でインク補給をするかたまに水洗いをすればそう心配ないと思います。