インクビューのみの製作 / SOENNECKEN

同じメーカー製のアンティーク万年筆2本をまとめて依頼されました。割れたインク窓の修復(製作)と、吸入機構の修理(サック交換)です。ドイツのゾーネケンで、1935年頃の製品。2本とも同じ吸入方式です。即ち外観はペリカンのようなインクビューがありますが、ピストン式ではなくボタン吸入式という珍しい物です。ウォーターマンにも似たインクビュー付きの吸入式がありましたが、あちらはレバー式でした。

f:id:hikkigukobo:20181024235223j:plain

 

2本ともインクビューに目立つクラックが数か所あり、接着では綺麗になりません。

f:id:hikkigukobo:20181024235236j:plain

f:id:hikkigukobo:20181024235247j:plain

 

ご覧のようにインクビューは胴軸とネジで接合されており、この部分の製作で胴軸内部全体を作る必要はありません。ブルーセルロイド(イタリア製)の方がラインゴルト、手前のブラックセルロイド軸はプレジデントと言うシリーズです。 ※写っているラテックスのサックは元から付いていたもので、これらをシリコンサックに付け替えます。

f:id:hikkigukobo:20181024235300j:plain

 

インク窓と胴軸を切り離したら、今度は首軸も取り外します。案の定、1本は取り外しの段階でさらに崩壊が進みました。外ネジが首軸側に持って行かれてしまいました。どの道、修理は外観以上に急を要していたという事になりますね。

f:id:hikkigukobo:20181024235317j:plain

f:id:hikkigukobo:20181024235333j:plain

 

採寸・記録が済んだら、まずはインク窓の製作に取り掛かります。透明アクリルを使います。

f:id:hikkigukobo:20181024235346j:plain

 

オリジナルの胴軸と、ネジがぴったり合い、且つつなぎ目からインクが滲出しないよう丁寧に削ります。これには、刃物をよく研いでいるか否かでインクの食い止めに掛かって来ます。

f:id:hikkigukobo:20181024235358j:plain

 

製作の傷を取り、一応切削作業の方は終了。次に塗装に入ります。

f:id:hikkigukobo:20181024235411j:plain

 

オリジナルかそれよりも幾らか明るい色で染色します。経年の汚れ、インクの汚れ等で(特定のメーカーに限らず)現状はやや色が濃くなっているのが普通です。従って新品当時の色を想像し、仕上げてゆきます。

f:id:hikkigukobo:20181024235431j:plain

 

サックを交換取り付けし、インクビュー/胴軸の接着剤の乾燥を待ちます。後日吸入テストを行い、インクの滲出無く基準の量を吸入できてようやく完了となります。

f:id:hikkigukobo:20181024235452j:plain

 

 

パーカータイプの回転メカをモンブランに応用できました! / Montblanc turbo

モンブランの1970-80年代のターボというシリーズのツイスト式ボールペンです。落としてしまった際に、キャップチューブと胴軸側が分離破損してしまったとのことです。一番下のグレー+メタルのパーツは、リフィルを繰り出す最も重要な部分です。これはお預かり後に引き抜いて取り出した状態です。

f:id:hikkigukobo:20181012103724j:plain

 

本来の位置に装着して見て、外れてしまった上に回転機能が働かない理由が分かりました。カバー部の樹脂の割れが著しく、スカスカで全く接続出来なくなっていました。回転するのは先端のメタルのみで、割れたカバー部分は本来固定されて動かないのが正常です。ところがこの状態では、ストッパーにならず回転つまみと一緒に空回りしてしまいます。

f:id:hikkigukobo:20181012103741j:plain

 

そこでパーカータイプの回転メカ(パーカー純正ではありません)を移殖して取り付ける事にします。モンブランとパーカーではリフィルの形もサイズも異なりますが、この種の構造のボールペンではある位置で伸縮の機能を果たしてくれれば良い訳で、ストロークもほぼ同じです。また上部の回転つまみも、キャップチューブ内の窪みにピッタリ収まる事を確認しました。問題は形の異なるこの他社製のメカを、ボールペン先端が決まった位置に出し入れできるように持って行けるかです。つまり、メカをその丁度良い位置にどうやって固定させるかという事になります。 ※写真は移殖する新品のパーツ

f:id:hikkigukobo:20181012103820j:plain

 

寸法を測って、メカを固定させる位置を決めたら作業に入ります。まず、オリジナルのメタルパーツを留める胴軸上部を切り落とします。

f:id:hikkigukobo:20181012103841j:plain

 

残った胴軸側のリフィル挿入口の内側にネジを切りました。

f:id:hikkigukobo:20181012103919j:plain

 

次に回転メカと胴軸を繋ぐためのパーツを樹脂で製作します。

f:id:hikkigukobo:20181012103932j:plain

 

先にネジを切った胴軸側に装着するためのネジを切ります。

f:id:hikkigukobo:20181012103943j:plain

 

胴軸と製作した接続パーツを取り付けます。

f:id:hikkigukobo:20181012103958j:plain

 

一旦リフィルがスムーズに入るかチェック。

f:id:hikkigukobo:20181012104029j:plain

 

リフィルに蓋をするように、製作した接続パーツと新品の回転メカをネジで締めて固定します。

f:id:hikkigukobo:20181012104012j:plain

 

この仮付け段階で回転つまみ(上の写真右側)を指で回して、写真のようにリフィルが適当な位置に出て留まる・収納出来ることを確認しました。

f:id:hikkigukobo:20181012104048j:plain

 

キャップチューブを圧入して、完成です。下の3つのパーツは、すべて不要となった物です。

f:id:hikkigukobo:20181012104101j:plain

f:id:hikkigukobo:20181012104113j:plain

 

 

 

 

 

格子溝の再塗装 / PARKER 75 Sterling Silver

パーカー75 スターリングシルバー(USA) の首軸リング製作修理と、退色した格子溝の塗装を依頼されました。首軸リングの製作は過去何度か採り上げましたので、今回ここでは省きます。リング破損の修理を機に、美しく蘇らせたいとのことでした。

f:id:hikkigukobo:20181007112131j:plain

 

まずは再塗装前のボディの写真から。パッと見、状態はまずまずですが、所々塗装の剥げが見られます。

f:id:hikkigukobo:20181007112146j:plain

 

塗装に入る前に、キャップ、胴軸ともすべてのパーツを取り外します。

f:id:hikkigukobo:20181007112200j:plain

 

オリジナルに近い感じの塗料を全体に塗りました。溝じゃない方の表面も含めて、一気に全体に塗る方が、結果的に効率よく(ムラなく)塗りこめます。

f:id:hikkigukobo:20181007112216j:plain

 

数十分の乾燥を待ち、表面全体の研磨に入ります。轆轤にセットして、ボディ本体を回転させながら研磨ペーパーで溝以外の塗料を落とします。ボディが踊らずに芯を出して回転できるよう、樹脂材をボディ内側の形状に合わせて削ります。

f:id:hikkigukobo:20181007112228j:plain

 

荒削り、中間、仕上げの3段階の研磨を経て洗浄を行います。

f:id:hikkigukobo:20181007112240j:plain

 

パーツをすべて元通りに取り付けて、修理を含めて完了です。新品当時(カタログ写真も)は、こんな感じだったのでしょうか?

f:id:hikkigukobo:20181007112250j:plain

 

再塗装の前に製作・取付を行った真鍮製首軸リングが映えますね。

f:id:hikkigukobo:20181007112259j:plain

 

特に刻印文字やブランドの矢羽マークのメリハリ感は、再塗装前とは雲泥の差です。さてこの類のリペイントを行う場合、溝と表面の最低限の高低差が残っていることが条件です。言うまでもなく、表面が著しく摩耗していれば、塗料が綺麗に乗らなくなるからです。

f:id:hikkigukobo:20181007112311j:plain

 このシリーズは今でも人気があるのでご存知の方も多いですが、銀特有のくすみでしばらく使わないと表面全体が自然に黒くなります。銀磨きで研磨すれば綺麗に輝きを取り戻せますが、これを繰り返すと(経年の原因がほとんど)溝の黒い部分も退色させてしまうことがあります。今回のように、2つの作業を同時にご依頼いただければ、個別で依頼されるより幾らかお値引きも致します。

 

 

プラチナ70周年吸入再生 / Platinum 70th Anniversary Celluloid & Ebonite

1989年に発売されたプラチナ70周年記念の万年筆で、エメラルド・スパターと言うグリーンセルロイド版と網目模様のエボナイト版の2種類です。回転吸入式ですが、2本とも同じ症状で全くインクを吸い上げません。プラチナ本社でもパーツ保管が終了したため、現在受けられないそうです。

作業に入ります。回転つまみ(尻軸)がちゃんと作動するので、内部の吸入弁の摩耗か脱落は明らかでしょう。

f:id:hikkigukobo:20180930002205j:plain

 

プラチナ70周年は素材やフォルム、サイズなど幾種かあり、かなりのバリエーションから選べるシリーズでした。しかし、吸入機構及び内部のパーツはほぼ共通でした。この万年筆のボディパーツや吸入機構の一部は接着中心で、まず知識や設備がないと分解できない構造となっております。ペン先・ペン芯を抜き、首軸から外します。ここも接着されており、回しても引っこ抜こうとしてもまず外れません。写真では省略しましたが、まず熱などで糊の固着を緩くした後本体を轆轤にセットします。そして、モーター回転の遠心力で首軸の枠を取り外しました。

f:id:hikkigukobo:20180930002213j:plain

f:id:hikkigukobo:20190114001814j:plain

 

次にこれまたネジ+接着されたカバーを外します。

f:id:hikkigukobo:20180930002245j:plain

 

 

するとピストンの弁となる、Oリングが真っ二つに切れた状態で出て来ました。本来これが胴軸シリンダー内をシーリングして上下することにより、吸入・排出できるのです。ところがこれでは全く吸入できません。

 

f:id:hikkigukobo:20190114001901j:plain

f:id:hikkigukobo:20180930002234j:plain

 

新しいOリング(ホームセンター等では売られていない規格)を取り付け、パーツ及びシリンダー内を洗浄します。

f:id:hikkigukobo:20180930002254j:plain

 

f:id:hikkigukobo:20190114002022j:plain

 

元通り組立て&簡易接着を行いました。吸入・排出の試験を経て、基準量のインク吸入を確認出来たら完了です。今回、パーツが破損していなかったから良かったですが、そうでなければこちらでもオリジナルでのお直しは出来ません。また、この万年筆は轆轤挽きで作られている(吸入機構を除く)ため、前述のように轆轤を使わないと修理出来ない構造です。

f:id:hikkigukobo:20180930002301j:plain

 

 

 

インク止め式の製作

久し振りにインク止め式を挽き(作り)ました。長いお付き合いの業者様からのご依頼でした。胴軸φ18mm、キャップはφ20㎜とかなりの大柄です。

f:id:hikkigukobo:20180921234805j:plain

f:id:hikkigukobo:20180921234814j:plain

 

パッキンもナットも中芯も取り付けていない、インク止め式の素の状態です。ご存知、一般にはこのつまみ部分を”尻軸”又は”ブラインドキャップ”と言います。しかし万年筆の挽き物職人の間では、”ナナコ”と呼ばれていました。なぜナナコと言うのかは分かりません。私の先輩職人達も、理由までは知らなかったようです。

f:id:hikkigukobo:20180921234822j:plain

 

上記の3点すべて取り付け終えました。ここは修理の時と同じ要領です。

f:id:hikkigukobo:20180921234831j:plain

 

3本だけ磨いて完成。大きさ比較にモンブランの太軸(No.149)と一緒に。ご注文時にお預かりしたペン型は、国産の50サイズとほぼ同じです。サイズに関係なく、このペン先とペン芯がなければ万年筆のボディは製作できません。首軸の幅、穴径、深さ、そしてキャップのペン先が収まるスペース等すべてを合わせて作る必要があるからです。

普通漆や蒔絵を塗る場合は、ここまで研磨仕上げはしません。漆の乗りが悪くなるからです。一緒に作った他の軸は後から塗る予定の軸なため、ペーパー研磨までの仕上げ。

f:id:hikkigukobo:20180921234845j:plain

小さい万年筆と大きい万年筆、製作はどちらが難しいかと言うと返答に困ります。強いて言えば、そこそこの小ささならそっちの方が作りやすいです。反対に大きいと細かさは減るものの、削りシロが広く、そしてかさも多くなるため製作のエネルギーが増えます。例えばキシャゲと言う手に持った刃物で削る訳ですから、その抵抗が手に返って来るばかりか、被切削物も振動とかで狂い易いです。=(イコール)ぶれて芯が出ない。そうなると、芯出しという修正作業にまた時間を取られます。更にエボナイトは刃持ちが悪いため、刃物を研ぐ回数もより増えます。

納品後、蒔絵/漆を塗られてどんな感じになるのか、私も見たいものです。

回転式ペンシルの修理 / Montblanc Classic

ツイスト式のペンシルの芯が出ない故障です。キャップチューブ側を右に少し捻ると芯が出る、モンブランに多い方式なのですが、キャップ側が抵抗なく空回りしてしまい、芯が出ない状態です。 ※このペンシルは1980-90年代のクラシックというシリーズです。

f:id:hikkigukobo:20180901002810j:plain

 

キャップチューブとペンシルユニット本体を繋ぐカバーのパーツの表面に、大きな亀裂が発生していました。ここは通常ユニットをしっかり覆っているのですが、ここが割れていることにより、キャップ本体とともに空回りを起こしていました。この肉薄な部分の接着だけでは、とても力に耐えられません。また全体を製作しようにも、トップの回転パーツがはめ込んであるなど複雑な形状でちょっと難しいです。修理方法を決定し、作業に入ります。

f:id:hikkigukobo:20180901002818j:plain

 

轆轤にセットし、亀裂した筒部分をカットしてしまいます。下の写真は、カットして、取り外した状態。

f:id:hikkigukobo:20180901002832j:plain

f:id:hikkigukobo:20180901002854j:plain

 

修理方法とは、カットされた部分と同じような外枠を製作して継ぎ足すやり方です。継ぎ足し用の材料に穴空けします。

f:id:hikkigukobo:20180901003003j:plain

 

オリジナルの回転メカ本体を挿し込んで、内径の調節をします。緩過ぎずピッタリ収まることを確認しました。

f:id:hikkigukobo:20180901003012j:plain

 

作ったパーツの一部が左です。

f:id:hikkigukobo:20180901003044j:plain

 

上の二つを接着し、ペンシルユニットに取り付けます。がっちりカバーとして収まりました。右側のリング状のメタルパーツに、突起が見えると思います。ここがキャップチューブの一番奥(丁度ホワイトスターの真下)に凹枠にきっちり嵌り、キャップ本体で回転操作を行う仕組みです。その再、例の亀裂により回転の抵抗が働かず一緒に空回りしていたのです。 ※余談ですが、回転するメタルリングの先の黒い物は消しゴム♬

f:id:hikkigukobo:20180901003100j:plain

 

もちろん、これで空回りは止まりました。

f:id:hikkigukobo:20180901003114j:plain

 

キャップチューブを取り付け、芯がステップを踏んで出るように直りました。通常、キャップを反対回し(左回し)にすると、写真のように回転メカと一緒に外せます。この状態で芯を補充するのです。

f:id:hikkigukobo:20180901003126j:plain

 

修理完了しました。今回とほぼ同じ修理方法で、今年パーカー75やウォーターマン・エキスパート初期型(いずれもボールペン)でも応用しました。

f:id:hikkigukobo:20180901003141j:plain

ハイブリッド胴軸の製作 / Montblanc 136

モンブラン136 の胴軸修理依頼がありました。インク窓の上部にクラックが数か所と、ネジで接合された下部の一部欠損等々、オリジナルの胴軸を直して使うには手が付けられない状態でした。そこで持ち主様に胴軸製作での対応しかない旨をお伝えし、製作・修理となりました。

f:id:hikkigukobo:20180826232757j:plain

 

一旦ペン先&ペン芯を取り外し、軸もすべての構成パーツを取り外して作業に入ります。

f:id:hikkigukobo:20180826231526j:plain

f:id:hikkigukobo:20180826231547j:plain

 

先ずはメインの材料となるアクリル材から削り出していきます。いきなり寸法通りの内径で穴を空けると、大きく傷を付けるか途中で破損させてしまうため、少しずつ削ります。

f:id:hikkigukobo:20180826231725j:plain

 

今回は失敗例もお見せします。このような吸入式の胴軸をアクリルで作る場合、2個3個と途中で割れてしまうことはよくあります。荒削りの段階ならまだしも、上下のネジまで切り終わってから、バリッといくと結構ショックは大きいです。

f:id:hikkigukobo:20180826231804j:plain

 

気を取り直して、ベースを完成させました。写真は仕上げ研磨を終えて、インクの吸入チェックまで終えた状態です。

f:id:hikkigukobo:20180826231740j:plain

f:id:hikkigukobo:20180826231749j:plain

 

機能的な製作が終わったら、今度は外観もオリジナルに近付ける必要があります。アクリルで完成した胴軸の一部を削り、全体の1/3ほどをエボナイト材を被せる形で接合します。オリジナルがセルロイド一体+塗装に対し、これは2種類の材料を組み合わせて作ったので、ハイブリッドと言えますね(笑)。

f:id:hikkigukobo:20180827001916j:plain

 

それが終わったら、オリジナルに近い色合いに配合した染色剤で加熱染色を行います。

f:id:hikkigukobo:20180826231817j:plain

f:id:hikkigukobo:20180826231826j:plain

 

アクリルの表面に4条ネジを切るのは、エボナイトやその他の樹脂で行うより難しいです。特にアクリルはネジ切りの刃物が滑りやすく、おまけに透明なのでネジの始まりの位置や溝の深さがとても見辛いのです。更に外ネジは、先に切った内ネジが裏からそのまま見えるため、見えにくいどころか途中から勘に頼る部分もあります。つまり内ネジと外ネジが重なって、半分見えていないと言っても過言ではありません。

f:id:hikkigukobo:20180826231834j:plain

 

上2枚の写真はあくまで外見上の完成。再び吸入機構パーツ、ペン先・ペン芯を取り付けます。筆記のチェック、そして実際にインクを入れて数日間様子を見ます。インク漏れ等がないことが確認できたら、ようやく完了となります。

f:id:hikkigukobo:20180826231842j:plain