変形したセルロイド軸の再生 Montblanc 146G 緑縞

1950年代のモンブラン146 の緑縞(セルロイド)です。

この万年筆の修理ご依頼内容は、以下の3点です。

①胴軸がかなり曲がっているのでここ全体をなるべく真っすぐにして欲しい ②胴軸が曲がっているせいか、インクが全く吸入できない ③クリップと天ビスがぐらぐらして固定されていない

実はお預かりする前に現物を拝見した際、「セルロイド軸の変形を直そうとすれば、ポッキリ折れてしまうリスクがあり修理は無理かもしれません」とお伝えしたいきさつがあります。持ち主様からは、「最悪割れてもその覚悟はあるので、何とか引き受けて貰えないでしょうか?」と言われました。元々この状態で入手された物です。

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後日ご依頼品が届いて改めて点検した結果、やはり胴軸の変形はかなり進んでました。現物は写真以上に、バナナのような曲がり方をしていました。次にピストンの弁を仮付けして吸入を試しても、インクタンク内径の狂いは予想以上でした。実際オリジナルのコルクよりやや大きめのパッキンで試してもきつい個所とゆるい個所の差が極端で、とても吸入は出来ません。注射器でいえば、真っすぐな筒の内側が波のように歪んでいるようなもの。多少吸引出来ても、水の一部が弁の横へ回り後ろから漏れてしまいます。なお、この症状は必ずしも胴軸外側の変形が原因との確証はありません。 ・・・多分変形故でしょうが。

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さらに胴軸上のキャップ受けねじに水平に亀裂が入り、もはや千切れかかった状態でした。いざ胴軸に熱を加え、何度も慎重に且つ徐々に力を入れて変形直しをやって見ましたが、ビクともしません。経年でかなり脆い状態にあるアンティーク・セルロイドに、これ以上矯正を加えれば確実に割れます。数日考えましたが、ここでお客さんに連絡を入れ、修理するにも手が付けられない状態である事をお伝えしました。お客さんの返答はこうです。「オリジナルの(吸入式としての)機構は諦めますが、せめて緑縞の表面だけでも活かして何とかして欲しいです。例えばカートリッジ式とか・・・。それで割れてしまったら、それで結構です」と。結局、引き続きお受けする事にしました。

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そこで次の方法で対応する事に決めました。持ち主様の外したくない条件通り、セルロイドの表面柄を優先し、一旦内部をほとんど削り取り、他の材料を埋めてオリジナルの吸入機構に合わせた内部加工を施す。

作業に入りました。修復・流用が出来ない外ネジ部分を水平にカット。そして胴軸の変形直しに入ります。

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この間、変形直しのビフォアフターの写真が撮れず、かなり端折ります。先にこれ以上は出来ないと書いておきながら矛盾するようですが、これも修理方法変更後のプラン通り(^▽^)/ セルロイドは半可塑性があり、それを利用します。すなわち準備した適温のお湯に一旦軸を浸し、真っすぐな鉄の芯棒をセルロイドが柔らかいうちに少しずつ押し込みます。完全に胴軸全体まで芯棒が入ったら、すぐ冷水に芯棒ごと突っ込み、曲がり直しのメインは終了。この時点でセルロイド製胴軸の表面は熱と変形直しで、目も当てられない程ゴテゴテな状態です。極めつけ、お湯に入れた直後に全体が白く変色(正確には表面が覆われた状態)します。これも万年筆作りの経験で計算済みです。ある程度の乾燥を経たら、次に轆轤へセットして歪んだ表面を削ってなだらかに整えます。最後に新たに作るパイプ状の胴軸内部を入れるために、ギリギリの肉薄になるまで曲がり矯正した軸内部を真っすぐ削り取ってしまいます。

以上の過程を経て、透明アクリルで作った胴軸内部を取り付けました。緑縞に覆われていますが、完成したアクリルパーツはT字型の土管さながらです。写真には白い変色が一部まだ残っています。

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仮付けしたセルロイド軸(もはやスリーヴパーツ)を一旦外し、最初にカットしたネジ部分と同じネジ切をします。普段削っている他の樹脂やエボナイトと違って曇った半透明なので、ネジ切が何とも見にくいのです、コレが! 4条切り終わる頃には目がチカチカしてしまいました(*_*) 更に首軸用の内ネジも切ります。一旦首軸を取り付けて、ネジの緩急を確認します。ここはメンテナンス時以外外す必要がないので、きついくらいが丁度良いです。

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完成したインナーバレルです。これまた端折りましたが、吸入機構を仮付けして(インク代わりの)水吸入・排出の工程も含まれています。右端に見えるネジは、テレスコープ式吸入機構の取り付け用。水洗いを終えた場面なので、水滴が残っています。

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このままだとカッコ悪いので、何とか緑縞に合うように今度は緑系で染色しました。ちょっと色が薄いですが、心配いりません。後で首軸を取り付ければ、半透明なのでもっと濃くなります。もちろん見えている外ネジだけではなく、T字型インナーバレル全体が緑に染まっています。

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クリップのガタつきを直し、胴軸全体をバフ研磨してやっと修理完了です。今度こそ、真っすぐになりました。因みに修理前は、キャップを閉じるとより曲がって見えました。

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(毎度の言い訳)写真では分かり難いですが、前述の工程を経ている故、流石にオリジナルより胴軸が細くなっています。パッキンもシリコン製の新品に交換してありますので、オリジナルのテレスコープ式で多くのインクを吸入出来ます。

正直今回の修理は条件(状況)からして難易度がえらく高く、お預かりした時点では自信がありませんでした。何より一旦修理不能の連絡を入れるのは辛いものです。ま、結果的にお客さんのご要望に応えられたので良かったとは思います。しかし私としましてはこれを”修理”と言って良いものか複雑です。”大改造”は否めませんね(*´∀`*)。

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※お湯を用いたセルロイドの変形直しは、絶対に真似しないでください。あっという間に、信じられない程グニャグニャになります。これはパイプ状のセルロイド材で万年筆を作る際、材料カット後に行う湯通しと呼ばれる工程です。数十年前の日本では、これも万年筆職人の下仕事の一つでした。