カートリッジ式の首軸製作 

国産のカートリッジ式万年筆の修理です。胴軸とキャップは恐らく「黒檀」。

「首軸が胴軸に固定できず、回しても閉まらない。買ったお店(都内の有名専門店)から、『首軸部品を取り換える必要があります』と言われました」というご相談内容の国産万年筆です。お客さんがメーカーに問い合わせたところ、パーツの生産終了で修理を受けられないと断られたいきさつがあります。

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後日実物を点検したところ、本来首軸に固定されている筈の金属コネクト部が、胴軸に置いて行かれた状態でした。それを取り外して首軸に取り付けようにも、緩くて完全に空回りして閉まりません。それもその筈、首軸には大きな亀裂があり、パーツを捻じ込むと傷口が大きく開いて全く噛み合いません。

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さらにあれっ?何か変だな、と思ったらキャップ受けのバネ状のメタルパーツがある筈が、見当たりません。このモデルは昔から知っているので、その異変にすぐ気付きました。そのメタルパーツが左右2か所の窓からちょっとだけ出て、キャップを真っすぐ被せると”パチン”という音で安定して閉まる構造です。写真のように金色の受け皿部分がカラになっています。依頼主様にこのばねパーツの行方を尋ねると、そういう物があったかどうかも覚えがないそうです。

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再び樹脂の首軸側に戻ります。クラックは都合3か所もありました。コネクト部を外れないようにしっかり閉めるには、かなりの力が加わり接着しても再び傷口が開くのは明らかです。そこへ前述のパーツもないし、これは困りました。

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結局すべて作って対応する事に決めました。首軸は成型で出来ているため、轆轤ではこの複雑な形と全く同じには出来ません。お客さんからは、これまで通り使えるようになってくれれば良いのでお任せしますと承諾を得ました。早速オリジナルの首軸の寸法やネジのピッチを計測して、削りに掛かりました。この首軸は内部に2か所・2種類のネジが切ってあり、1つは手前・前述のコネクトパーツ受け、奥のもう1つはカートリッジ挿し込み口の取り付け用です。尤も1960~70年代に流行ったこのフードカバー型の首軸は、舶来/国産ともだいたい似たような作りです。今回は常備の中に同規格のタップが2つともあり、それで賄えました。

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ペン先が出る先端の長さをどうしたものか悩みましたが、ペン先を入れて実用&見た目で丁度良いかなという位置で決めました。このモデルの首軸製作は今回が初めてですが、あまり抵抗はありませんでした。数年前から(似たような)モンブラン3桁シリーズの首軸を何本も作った経験があったからです。これはこれでよくひび割れする上、人気があるので結構修理の需要はありました。さて、ある程度形になったら、キャップを被せて仕上げ削りの微調整を繰り返します。どうもバネの突起部分がなくても、これで一応実用にはなりそうです。”パチン”は甦りませんが・・・

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しかし折角なので、徹底的にお直しさせていただきます。バネパーツも作ってしまいます。もはや「病膏肓に入る」の心境で、オリジナルのパーツ見本が無くても経験と勘で、機能的な修復は出来そうとの確信に至りました。身近なバネ性のある金属と言えば、やはりステンレス。これまた身近なバネカツラというパーツから切り出して、流用します。後はペンチで曲げて、適当な形に整えます。因みに”バネカツラ”は嵌合(かんごう)式キャップの中に入っているポピュラーなパーツで、手ごろなキャップ式の筆記具にも普通に使われています。近年はこれも塩化ビニルにとって代わられて来ていますが。

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コネクトパーツに取り付け、2か所の窓から出るように突起を調整します。この出が不十分だと、キャップに対して抵抗がないし、反対に出し過ぎると閉まるのに毎度力が要ります。 ※これまたモンブラン修理の応用です。

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写真では表現できないのが残念ですが、無事”パチン”と快い音と感触を出してくれました。オリジナルもこんなものだったな、という判断が活きます。

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作った首軸を磨き洗浄して、ペン先とコンバーターを取り付けます。インクを入れて漏れず、問題なく書ける事を確認してようやく作業完了です。 注)これらの破損は、持ち主様ご自身がたまに分解(洗浄のため)を繰り返して来られたために起こった例です。くれぐれもここはご自分で開けないようにしてください。

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