アンティーク万年筆によく見られる、キャップ縁(へり)部分のクラック修復依頼です。このモンブラン No.149の最初のシリーズ(1950年代)は、ボディがすべてセルロイドで作られている事と経年の劣化により、特にこの部分が割れやすいのです。
ハの字に大きく割れて広がっているので、もはや接着は無理です。やはり他の材料を一から削って、継ぎ足す方法を採ります。数年前に全く同じ修理(もちろん同じモデル)を行った経験があり、今回もその方法で進めます。前回成功しているとは言え、非常に緊張を伴います。と言いますのも、キャップのクラック補修はたまに依頼されるのですが、同じ修理でもこの万年筆は最も難しいです。リングが大小合わせて3つという、非常に複雑且つリスクが大きいケースです。さて問題はどこで切断して、どこまでオリジナルの素材、どこから継ぎ足すかです。裏側からも覗いて、クラックが一番下のリングの少し上で止まっている事を確認。真ん中のMONTBLANC刻印がある太いリングの、真ん中を境にする事に決めました。糊代も兼ねて、ここが安定するからです。
削り作業開始。縁と一番下のリングより僅か下部分を切断しました。切断、削り、リング取り外し・・・と慎重に順を追って進めます。ちょっとでも油断すると、回転の遠心力でパーンッ!と、キャップ本体がバラバラになる恐れがあります。内ねじの下に見えるくすんだメタルはインナーバンドです。
真ん中のリング下すれすれまで削ったところで、この一番太いリングを取り外します。前述のインナーバンドも取り外します。このインナーが抵抗となり、収縮を抑える役目を果たしていました。尤も作られた当時はどこまで経年劣化対応だったのか疑問です。単に外からの衝撃を緩和するための物だったとも考えられます。ただ、ねじが硬くなるのを多少なりとも防いでいる事は確かでしょう。
太いリングの裏側半分まで削ったところで、削りは一旦終了。
一方こちらはキャップ本体に見えますが、これは継ぎ足し材用に轆轤にセットして、途中まで削ったエボナイトです。
リングを仮付けし、それを載せる土台の合わせ具合を見ます。軽く押し込むぐらいのきつさを残します。文字が逆さになっているのが分かりますか? 本体側と逆だからです。
今度はキャップ本体との合わせ具合を見ます。内部にインナーバンドも入れています。本番の接着の時は、インナーバンド表面と、リング土台の溝の両方に接着剤を塗布し、二重に安定させます。因みにオリジナルのリングは(後述のように)非接着です。
接着乾燥後1日置いて、更に一番下の細いリング(糸輪)用の溝を彫りました。この時点で、まだ縁部分はストレートです。
縁をオリジナル通りの形に削り(アール付け)、作った専用治具でリングを叩き込み(圧入)ました。さて見た目は完成ですが、この後内部(ねじから下)の内径調節をします。キャップを閉める際に胴軸をこすらずスムーズにするためと、胴軸の後ろ側に挿す際にも、ぐらつかず安定して収まるようにするためです。
継ぎ足した部分とキャップ表面を磨いて完成。一緒に写っているのは、最初にカットしたオリジナルのキャップ縁と、交換した胴軸のコルクです。
この修理の大変なところは、肉薄で接着箇所がほとんどないことです。その制約の中でも安定した修復を施さなければなりません。こればかりは、数をこなして身に染み込ませるのが一番みたいです。