万年筆製作日誌 ~適当に作ったオーソドックスモデル~

過去製作した万年筆で、今回は手作り万年筆としては低予算での製作例を採り上げます。

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首軸を含めた金ペン先ユニットは国産メーカーからの流用で、キャップ、胴軸を製作したカタチになります。クリップ、キャップリングは当工房の在庫を使いました。

 

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形状がシガータイプの方は胴軸に少し膨らみを持たせ、フラットエンドタイプは外ネジから下は、スマートな形にしました。更に大したアイディアではありませんが、天ビス、又はボトム側にも同色の樹脂を接合することでアクセントとしました。これだけで、年齢・性別問わず親しみが増すと考えたからです。 

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胴軸の一部を少し太くする、或いは長さを変えるだけで握って書いた感じはベースモデルとここまで変わるのか、という印象を与えてくれます。

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 今回の2本はあくまで一例で、材料をご用意いただく場合でも応用できます。

 

 

分断したペンシル / Montegrappa 300

モンテグラッパのツイスト式ペンシルです。写真の胴軸とペンシルメカを収めるカバー、ここを繋ぐネジの脚から破断してしまっていました。お預かり時、この千切れたネジはカバー内部に残っていて外れない状態でした。このわっか状になった破断面を接着することはまず出来ないため、破損前と同じ形に一部作って接合する方法を採りました。

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胴軸側をセットして、削っていきます。これから作るネジ部分のパーツを取り付けられるように加工する訳です。

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ここに削って設けた段で、茶筒のように接続して糊代(のりしろ)とします。

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今回は非常に肉薄+ネジを切らなければならないので、ベース材には樹脂を使わず、同じ真鍮から削り出す事にしました。

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枠部分が完成。これから本体に取り付けてから、ネジ切りです。

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カバーを取り付けられるように、ネジ切り完了。

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ペンシルのユニットを装着します。

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この黒い樹脂の突起をノックすると、カチカチと普通に芯が出ます。これだけだとノック式ですが、カバー部先端の転子を右に捻るとやはり芯が出る仕組みです。話は反れますが、これは回転式ボールペンのメカと共用することによってコストを下げた結果でもあったようです。実際、モンブランのクラシックシリーズのペンシルもまったく同じツイスト式です。

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後はキャップスリーヴに真っすぐ押し込んで完了となります。

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万年筆の胴軸製作(モンブラン) / Montblanc Ⅲ Jade Green

アンティーク・モンブランの胴軸製作の修理です。非常に貴重なジェイドグリーンのセルロイドボディで、何でもこの状態で海外から入手されたとか。

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ただ現物をよく見ると、丁度インク窓と色柄の境目で水平に破断しています。不幸中の幸いか、ジェイドグリーンのセルロイド箇所には、ヒビ割れ一つありませんでした。

過去のペリカン100 / 100N の修理の時と同じく、色柄の部分を上手く取り外して、これから製作する胴軸に被せる修理を最初から検討していました。しかしモンブランのこの型式を手掛けるのは初めてで、ペリカンの時と同じ要領で出来るかやって見るまで分かりませんでした。しかし破断面からも、グリーンの外筒と内部の透明セルの境界ははっきり分かります。

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作業開始。接着を解いて透明セルを取り外せそうにないため、やはり中を削り取って外筒を無傷で取り出す作戦です。つまり内部の透明セルはすべて削って無くなってしまう訳です。

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写真では省略していますが、いきなり内部の透明セルロイドと同じ外径の刃物を当てる訳ではなく、細い刃物(錐)から少しづつ太いものに変えていきます。それもちょっと削っては刃物を水に浸けて冷やし、またちょっと削るということの繰り返し。切削の衝撃で全体をバリバリっと割ってしまったら一巻の終わりです。またまめに刃物を冷やさないと、薄くて脆いセルロイドの外筒を内部から膨張&変形させてしまいます。

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無事、外筒だけを綺麗に分離させることが出来ました。これで一番難しい作業は終わりです。後は透明アクリルで、オリジナルのインクビューを兼ねた胴軸本体を製作します。

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先に取り出したジェイドグリーンの外筒を被せ、全体の雰囲気を確認します。一旦ここでピストンユニット一式を仮付けして、水の吸入・排出試験を行います。

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次に破損したオリジナルのカラーを再現するかたちで、染色します。染色液の色の配合が一度で上手くいくとは限らないので、この作業も時間を必要とします。透明アクリルの端材を使って、何度も染色します。それで納得のゆく色が出来て、最後に製作した胴軸を染色するのです。破損していたとはいえ、この万年筆は年式の割には非常に綺麗な状態でした。普通、インクと経年でこんな透明度の高い軸は滅多に出てきません。

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再び外筒を被せ、接着して一晩置きます。後はすべてのパーツを取付け、ペン先の調整を行ってようやく作業終了となります。

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実は昨春(2018年4月)の修理で、記録写真を撮ってそのままだった事をすっかり忘れていました。

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インク止め式の胴軸修理(製作)

胴軸が真っ二つに折れた、インク止め式の万年筆を依頼されました。ネジより少し下が完全に破断してしまっています。

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ここは接着では今後の耐久性を保証できないため、依頼主様と相談した末、胴軸部分だけを製作して対応することに決まりました。

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採寸後、同じ素材のエボナイトを切削して復元完了。

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もちろん、パッキンユニットを含めての製作してあります。少しでも修理(製作)代を軽くすべく、尾栓(尻軸)はオリジナルを流用しました。

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修理完了です。この塗りは元々お客さん自身が専門の人に塗って貰ったそうで、納品後同じ塗師に胴軸部分の塗り直しを依頼されるそうです。従って削り出した胴軸の表面も、漆を塗られる前提の仕上げとしてあります。いわゆる中仕上げでして、これをピカピカに仕上げてしまうと、漆が”滑る”のです。ある程度のザラツキが必要になります。今回胴軸のみの製作と言っても、話はそう単純ではありません。直接スポイトで入れるアイドロッパー式でもある訳ですから、カートリッジ式等の胴軸よりあらゆる面で”精度”が求められます。首軸との接合箇所である、面の挽き合わせ。ここはやはりインク止め製作と同様にインクが内側から滲み出ないように細心の注意で削ります。大工仕事で例えれば、カンナで裏が透けるぐらいなクズを出す要領です。そしてネジで留める中芯の位置合わせ・・・等々。

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ボールペン口金製作 / Pelikan K320 Orange

軸の先端が割れたペリカンの小型ボールペンで、金属の口金(くちがね)も紛失してしまっています。百貨店経由でメーカーから修理不能と断られたそうです。つまり同じ色のパーツそのものをストックしていないのだと思います。

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近年のカラフルなレジンは衝撃に弱く、同じモデルでもどうしても黒などのAS樹脂等より割れやすいきらいがあります。特に小さければ肉薄ゆえ、より衝撃に不利な訳です。依頼されたボールペンは、回転の芯出し入れの機能は壊れていませんでしたが、1cm程先が無くなって宙ぶらりんな状態でした。

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まずは完全な平面が出るまで、=傷の一番深い部分まで削って整えます。そしてこれから作る口金を内部で受けるための、凹状のスペースを設けます。

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ご依頼を受けた時は、エボナイト等の樹脂で切削・接合して対応する積りでした。しかし、このカラフルなオレンジ色を見て気が変わりました。お客さんからは了承を得ていたとはいえ、オレンジの先っぽが”黒”というのはもう少し何とかしたいと思い直したからです。そこでなるべくオリジナルに近づけるべく、真鍮で製作することに変更しました。当然この小さなパーツでも、樹脂と金属では後者の方が加工難易度が高く時間もかかります。

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胴軸にぴったり収まるところまで削ったら、反対側にチャッキングし直します。見本用に同じ形のペンがある訳でもないので、ウェブの写真を見てほぼ想像で再現するしかありません。

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完成後、センター(穴の位置)がずれていたらカッコ悪いので、リフィル先端の穴は最後に開けます。使用するドリルは0.05mm単位のサイズ違いの規格で、例えば2.35mmの次は2.40mmという具合です。このドリル選びがリフィル先端脇のスペースを、つまり安定した書き味を左右します。当然狭いほど安定する訳ですが、ぴったり過ぎると芯の出し入れが硬くなってしまいます。

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口金の削りが終わったら仮装着して収まり具合、芯を出した時の見た目の位置を確認します。

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後は金メッキ処理、接着で完了となります。

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ペン先の修理・変形矯正

2本のペン先曲がりの万年筆を採り上げます。先ずはMontblanc 221から。見た目はそれほど変形している訳ではありませんが、明らかに先端が両方とも歪み、結果として引っ掛かり・インク切れを起こしていました。

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専用のヤットコ数種で曲がった左右を整えます。大まかな形に修復できたら、鉛の槌で細かい曲がりを裏側・表面と交互に少しずつ叩いて直します。

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一旦ヤスリ掛けをして工具による表面傷を磨きます。

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研磨後、バフ掛けをしました。洗浄後再び首軸にセットしたら、インクを付けて仕上げの調整を行い完了。

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次はPARKER 75 セレクトのペン先直しの工程写真です。床に落として大きく”くの字”に曲がってしまっています。

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もちろん、全く欠けない状態です。

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これは槌で叩く作業は最低限に留め、ほぼヤットコでのお直しでした。一応形はほぼ修復出来ましたが、工具の痕が表裏に残っています。

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 モンブランと同様に数種のヤスリで慎重に研磨し、修復痕を消していきます。 

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バフ掛け。まだ細かい傷が残っているため、目の細かいヤスリで残った傷部分のみ掛け直しを行います。

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目立つ傷がほぼ消えたら、洗浄して本体に取り付け直します。インクを付けて筆記調整を終えて完了。

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今回変形直しを行った2本、実はモンブランの方が時間と手間が掛かりました。変形が小さい方が簡単に早く直る印象を持たれるかもしれませんが、実際はそうでもないのです。小さな変形の方が大変な場合もある等、ペン先矯正は一筋縄ではいきません。ペン先が変形する要因は色々ありますが、くれぐれも硬い床への落下にはご注意ください。残酷なことに万年筆って、ペン先から落ちるんですよね。

 

 

コンクリン、セイフティリングの修理 / Conklin Filigree

コンクリン・クレセントフィラーの大修理です。1920年代のオリジナル・コンクリンで、フィリグリー(透かし彫り)版です。お預かりした時は、唖然としてしまいました。まあ~エラい状態でした。

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サック交換の際に失敗したのか、胴軸のネジ周りが2ピースも欠損。そしてコンクリンの代名詞、クレセントバーを固定させるセイフティリング(ロックリング)も欠損という有様でした。今回のようにダブルで来るとは珍しいです。

 

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依頼主の方はもちろんこの状態で入手されたのですが、いつのオーナーが取り付けたものか、セイフティリングの代替パーツが付けられていました。恐らくちゃんとロックの機能は果たしていたと思います。何かのパーツから拾ったのか、はたまた薄い銅板から作ったのかしっかり補修されていたのには感心してしまいました。

 

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まず代替リングを取外し、破損した胴軸の一部をカットします。そして継ぎ足し用の胴軸上部を作ります。完成した姿は後ほど登場します。

 

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セイフティリングをオリジナルと同じ形に作ります。凡そ4年振りですが、工房に残っていた過去の失敗(もちろん自分💦)の残骸を見本にします。厳密には前回のクレセントフィラーは一回り大きい軸だったため、今回のために縮小版を作ることになります。手順はリングを作り、横溝の装飾を入れ、クレセントが通る溝をノコで切ります。写真はその工程を終えて、切り込んだ溝の表面を一部平面にすべくヤスリで仕上げているところです。

 

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仕上げの研磨を除けば、形はほぼオリジナルと同じになりました。

 

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完成。下の物が使うパーツで、上はすべて失敗(1個見本を含む)。

 

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胴軸に仮付けして見ます。クレセントレバーの穴に対し、セイフティリングの切れ込み幅が若干広く気に入らないので、一旦また作り直します。でもイメージは掴んで頂けたかと思います。 ※なおリング脱着の際は熱で膨張させてから行うのが基本です。アンティーク(オリジナル)の場合は尚更で、経年+乾燥したエボナイトのリングはこれをやらないとすぐ割れてしまいます。今残っているアンティーク・コンクリンでリングがない物は、後のオーナーやコレクター諸氏が割ってしまった事が十分考えられます。

 

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リング、ストッパー機構の修理完了しました。プレス吸入後は、このリングを回転させて切れ込みを移動させ、クレセントが下に動かないようにする単純な仕組みです。それでその名の通りセイフティリングという訳ですね。

 

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先に作って接合した胴軸。

 

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首軸にサックを取付け、すべての修理が完了しました。