万年筆製作日誌 / PILOT エリート E-300

1960年代の国産万年筆のボディ製作を依頼されました。どこも壊れている訳ではありませんが、「書き味、持ったバランスは申し分ありませんが、アルマイトの嵌合式キャップが如何にもチープです」という事でした。2本の製作依頼で、ベースとなる同じモデルのキャップカラー違いを2本お預かり致しました。

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より詳細なご希望は①オリジナルとほぼ同じ全長、キャップを後ろに挿した時も同じ ②材料はエボナイト ③クリップは出来れば2種類 ④上下フラットエンド
削りと仕上げ研磨が終わりました。胴軸の形、外径はオリジナルとほぼ同じなので、写真からは質感の違いが伝わりにくいかも知れません。一方、キャップはネジ式のように一回り太く、かなり安定した感じになりました。外径の比やバランスは、一般的なネジキャップの万年筆に似ています。

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下がオリジナルのまま、上は胴&キャップとも製作したボディを装着した物です。ご注文通り、後ろに挿した状態でオリジナルとほぼ同じ全長にしました。胴軸側面の削りを繰り返しながらで、この調節が結構難しいです。

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2本とも出来立てのボディを装着。ネジの開閉ではなく、板バネを取り付ける嵌合式の製作依頼はとても稀です。さて実際に握ってみると、滑らず軸が少し太くなった分、安定感はかなり向上した印象です。

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同じ軸を2本まとめての製作だったため、お値引きしました。

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キャップ装飾リング製作 / Montblanc L139

キャップの縁が欠けた大型アンティーク・セルロイド製万年筆の、外形復元修理をご紹介します。実は写真を撮る前に作業に取り掛かってしまい、ご依頼時の姿をお見せすることが出来ませんでした。したがって、下のような状態からのスタートです。言い換えれば、記事用か記録用以外、普段いちいち写真を撮ったりはしません。

キャップ縁が割れて一部欠損した状態から、一番下のリングを取り出すために削り取ります。その時の切削の衝撃で、残念ながら切れてしまいました。切れた細い銀製のリングは元から脆かった訳ではなく、ただでさえ経年で外径が広がり、指でくるくる回ってしまう程変形・金属疲労を起こしていました。

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参考までに同じ症状のキャップを。取り掛かる前の139は正にこんな感じでした。これは同じモンブランの124 という更に古いモデルです。もちろん、ご依頼の内容も同じです。

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削り取ったセルロイドの縁部分を作る前に、リングを同じサイズに製作します。銀がないので、お客さんに相談して別素材の真鍮で対応する事にしました。先ずは同じ内径に内側から切削加工、カットしました。念のため、予備も作ります。

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外形も変形する前の予想サイズに削ります。そしてオリジナルの銀に近付けるべく、ロジウムメッキをおこないました。

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非常に肉薄なため、取り扱いに注意しないと指でつまみ上げる際に、簡単につぶれてしまいます。

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樹脂を削って2つのパーツを作ります。①糊代を含めた縁部分全体 ②細い・太いリングの間に入る黒いリング
オリジナルはこうした分割パーツではなく、セルロイド単体のキャップチューブに溝加工して、3個のリングを嵌め込んでいたようです。

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縁を床に置いてますので、キャップを立てたのと同じ状態なのです。そこに製作したリング、中間のエボナイトリングを取り付けたら、縁パーツは完成。内側の段は、キャップ本体に接合する際の、糊代になります。

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縁表面の樹脂を磨いて、キャップチューブ本体に接着して修復作業は完了しました。
一番上の細いリングは、オリジナルの銀のままです。このようなコントラストだから、似た色のロジウムメッキを施す必要があったのです。
写真では省きますが、キャップ(縁)内側の切削微調整が大切です。外径だけ完成しても、この内径の最終加工を行わないと胴軸後ろに安定して挿さらない上、開閉の際に、胴軸のネジ下をすぐに傷付けてしまいます。折角作った縁を壊さないように内側から削る、最後の大仕事になります。

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ペリカン ペン先がグラついたら / PELIKAN 140, 400NN

アンティークのペリカン万年筆を入手されたばかりの方から、吸入の不具合と並んでよくご相談を受けるのが、ペン先のグラつき。ペン先とペン芯を固定する役目のソケットが取り付けられているのですが、 #120, 140, 400NNの後期型はここが割れていることがよくあります。#100時代からソケットも元々エボナイト製だったのですが、コストダウンからか前述のモデルは、途中~1960年代の製造中止までプレキシグラス製に切り替わりました。透明なこの素材は、ソケットのような付加の掛かる箇所には不向きで、割れやすい欠点があります。この状態ですと、例えば①筆記の際、すぐペン先が上下左右にずれてしまう、②ペン先とペン芯の間に大きく隙間が生じ、書きづらいどころかすぐインク切れを起こしてしまう、③ペン先とペン芯がやたら奥まで入ってしまう、反対にスポッと簡単に抜けてしまう等です。
※傷口を見えやすくするため、芯棒で広げたところ #140のユニットです。

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当工房ではソケットをオリジナルと同じ形にエボナイトで制作・取り付けることで対処しています。下の3個が制作した分。
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ちょっと難しいのは、最後の内径調整です。ペン先とペン芯を、オリジナルと同じぐらいの抵抗感を感じる加減でキリという刃物で削ります。まだ硬い分にはやり直せばいいのですが、ちょっとでも緩くしてしまったらアウト。丁度良い抵抗感になったところで、セッティングして胴軸に取付けて完了です。

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こちらは400NN。

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海外の販売サイトでも交換用パーツとして非純正品が売られていますが、素材はプラスティックです。大概1個からのパーツ販売なので、送料を除いた単価は弊所より安いです。ただ弊所は修理扱いとして取付け・調整まで行って基本料金内で収めております。アンティーク吸入式のペリカンで、ペン先グラつきの違和感を感じたら、首軸を真上から覗いて見て下さい。ペン先外側のソケット壁のクラック有無で簡単に分かります。

 

 

 

 

万年筆製作日誌 / シガータイプ

お客さんからのご注文で葉巻型の万年筆を作りしました。

エボナイトの葉巻型で直径はなるべく細め、クリップなし、上下は丸く、全体をマット仕上げ、首軸を含むペン先ユニットはお客さんから預かった物を使う事・・・等々がご依頼の内容でした。

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制作に入ります。装飾パーツは一切なく、カットした材料2点のみを使います。直径はΦ14.2mmとしました。

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胴軸のネジ、内部の削りが終わりました。大型コンバーターが付いた首軸ユニットが収まるように、内部を加工してあります。この時点ではキャップを閉めても、外見はただの1本の長い棒です。

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そしてキャップ、胴軸とも側面や上下を削ってご注文通りの形に整えます。

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ここから下の刃物を使って、丸く仕上げます。普通のキシャゲでも削れることは削れるのですが、このキシャゲの方が仕事が早いのです。元からこのようなえぐれた形をしていた訳ではなく、長年使ってある程度短くなった頃に、刃物を加工して”丸め”専用にしたという訳です。1本だけの万年筆を作るにしても、轆轤仕事は実に多くの種類の刃物を必要とします。

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このように短時間の粗削りで軸を丸い形に加工できます。

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キャップ側の外形が完成。

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先に加工した胴軸の外ネジ。段下の縁(へり)の角を少し削ります。こうすることで、万年筆を握った時、持つ指の位置によっては角が当たっても、痛くありません。

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キャップ側の縁も同じく角を落とします。

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削り加工はすべて完了しました。この後研磨で刃物傷を取り除き、マット調に仕上げれば完成です。

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ご依頼のお客さんはとにかく万年筆は実用重視という方です。このペン先を持つオリジナルの万年筆が、ご依頼主様にとっては「今一つボディが細くて安定感に欠ける。そこでより握りやすく長時間筆記に安心して使える軸が欲しい」、というのがご注文のきっかけでした。漆を塗らないエボナイトは滑りにくいし、手に汗を掻く方にもお勧めです。納品からしばらくしていただいたご連絡では、握りやすいのであれから毎日つかっています、とのことでした。

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ローラーボールの修理 / Montblanc Miles Davis RB

モンブランローラーボール(限定品:マイルス・デイヴィス)をお直ししました。ご覧のように、胴体が樹脂とメタルの境目から真っ二つに折れています。

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本来は胴軸の破断面にはグリップを取り付けるための、雄ネジがあった筈ですが首軸側に持って行かれてます。

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接着による応急処置を施しましたが、振動等で数日後にやはり再び折れてしまいました。接着シロが狭い”端面”というのは、実用には無理がありますね。

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別の手段で修理を再開することにしました。内部に持って行かれた樹脂を少しずつ削りながら取り出し、樹脂とともに固着されてしまっていた、グリップ部もようやく外れました。30分以上掛かりました。

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破断した胴軸側に載せた状態。この状態で首軸(グリップ)を、リフィル交換の際に付け外しが出来ていた訳です。

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そこで胴軸とメタルネジをしっかり固定させ、且つ首軸の受けネジ用の樹脂を再生させるため、(写真)真ん中のような一体型のパーツを制作しました。同時に、これを取り付けるためのスペース+ネジ切りを胴軸側の穴にも施しました。

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表側上下2種の外ネジ、そして内部には首軸受けの内ネジという、ねじの塊のようなへんてこなパーツです。しかし、このパーツこそが実用的にお直し出来る要の物なのです。細かい粉が付いているのは、削ったばかりの洗浄前だからです。

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まず胴軸側に下方を取付け・接着。

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そしてキャップ受けのリングネジも接着。内側に見える黒いネジは、もちろん再生したものです。この状態こそ、破損する前の姿(だった筈?)です。

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接着が乾燥したら、修理完了となります。いつもオリジナルの外観を損ねずにお直し出来れば理想なのですが・・・。

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2色ボールペンの修理 / Montblanc Slim line 2 color BP

回転式2色ボールペンをお直ししました。モンブランの80年代のS(スリム)ラインシリーズです。右に回せば青、左が赤、中間のニュートラル部分で芯が引っ込む構造で、多機能ペンの元祖的な物のようです。当然色の組み合わせは自由ですが・・・。

故障の内容は、落っことしたら片側の芯が固定されなくなってしまったというものでした。f:id:hikkigukobo:20190704235811j:plain

 

リフィルのホルダーパイプの先にある、小さな赤いプラスティックのパーツがあります。これが白いカバー先端の溝に引っ掛かって、出した芯を固定する重要な役割を持っています。下の写真は破損していない方のストッパーで、ニュートラル(芯が胴軸内に収まった)状態。

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問題の破損したストッパー。カバーに引っ掛かる突起部分だけが、分離してしまっていました。幾ら回転させても、芯が固定されない訳です。収納の際に勢いよく引っ込むのは、もちろんスプリングの反発力によるものです。この小さなパーツにただでさえ長年の負荷が掛かっている中、落下の衝撃が加わればこのような壊れ方をするのも頷けます。

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一旦応急的に接着はしてみたものの、やはりまたすぐ外れてしまいました。同じパーツ単体の入手が難しいため、エボナイトを削ってストッパーを作ります。予備も含めて2個。細い方の直径は僅かΦ2.3mm、長さにしても5mmぐらいです。この小さい穴に、ホルダーパイプの先端を装着させますが、これも単に入れば良いというものではありません。多少の力では引っこ抜けないように、少々ぴっちりめの内径で空けます。因みに轆轤で削れるのも、ここまで。

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オリジナル通り、突起部分だけを残して周りを削ります。両刀グラインダー、ハンドグラインダーの順に使い、残りは2、3種類の棒やすりで手仕上げになります。

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ちょっと写真では上手く表現できなかったのが残念です。見てくれは綺麗じゃありませんが、きっちり機能してくれればOK。その機能とは、縦溝の入った樹脂の筒に収まり、且つ抵抗なく上下にスライドし、そして前述のカバーの溝でしっかり止まる(=固定)ように出来る事です。更に芯が出た際、破損していない側のリフィルと同じ位置で止まらなければなりません。例えば赤い芯の先端に対し、青の芯が出過ぎる、又は少し奥に引っ込んでいるというのでは機能も見た目も失格だからです。見辛いと思いますが、下の写真は突起が正面を向いた状態です。f:id:hikkigukobo:20190704235934j:plain

 

最初作った方は失敗し、2個目で上手くいきました。こちらはオリジナルのストッパー側。

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制作したストッパーで固定された状態。

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多少緩かった胴軸の内径調節も同時に行い、修理が完了しました。

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中身ほぼすべてを製作 : Montblanc 744

2本のアンティーモンブラン、#744 & #744Nをお直ししました。①744Nは吸入のお直し、②744は当初のご依頼は吸入の修理と首軸の製作でした。お預かり時、胴軸は首軸よりもさらに痩せて、外径も見た目で細くなってしまっているのが分かる程でした。

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当初から首軸の製作を希望されたのは、先端がほぼ一周に渡って大きく傷が付いてしまっていたから。因みにペン先は珍しいO3B。

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修理に取り掛かるためボディ全体を分解したところ、懸念していた予想が的中して胴軸の先端部分、リングの真下から縦に大きくクラックが発生してしまいました。お客さんにご連絡して、胴軸も製作することになりました。

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セルロイドの首軸がかなり痩せていたため、内径も狭くなっていたこともあり、ニブホルダーの取り出しにかなり時間が掛かってしまいました。結果ニブホルダーの先端も大きく傷が付いてしまいました。これらも取り掛かる前からの予想通りでした。状態によっては外れないケースもあるからです。

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エボナイトを削って首軸の製作を行います。側面のアール付けはこれから。

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側面(グリップ)の削り落とし。取り外したオリジナルを測りながら削りますが、収縮してしまっている現状から、新品時の外径を予想して少し太めに作ります。

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首軸とホルダーの削りが完了。当然、首軸内部にもホルダー受けのネジを切ってあります。注意点は、そのネジを切る位置。完成して取り付ける際に、ホルダー先端がオリジナルと同じ深さで止まるようにしなければならないからです。

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胴軸製作の写真は省略しました。アクリルを削って、外観は完成。仮付けの首軸も、もちろん新たに製作した方になります。

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金張りの胴軸(外筒)も仮付けして、収まり具合を確認。

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パッキン及び上下のナットを製作して仮取付け。そして水をインクに見立てて、吸入の確認。この時点でまだ空気が多めに入ってしまうので、微調整を繰り返します。

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胴軸を研磨・染色して完成しました。オリジナルはダークブラウンの透明でしたが、お客さんのご希望でアンバー系にしました。元々メタルのボディやペン先その他のパーツ類の状態が良好だったこともあり、とても実用的なお直しが出来ました。アンティークペンの場合、オリジナルコンディションか実用かは依頼される方によって異なります。今回は実用優先でのご依頼でした。それにしても弊所でも首軸と胴軸の両方を作る機会って、滅多にありません。

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