修理日誌 デュポン ポルトプリュムの首軸製作 / S.T.Dupont Porte Plume

エス・テー・デュポン ポルトプリュムの万年筆3本をお直ししました。3本とも同じ方からまとめてのご依頼でした。ポルトプリュムは1980年代のモデルで、キャップを閉じても、胴軸の後ろに挿しても段差のない真っすぐなシリンダー型です。

前回ご紹介の同じデュポンのクラシックとは、形も破損し易い箇所もやや異なります。クラシックはほぼフード表面に縦に亀裂が生じやすいのに対し、ポルトプリュムは胴軸内に収まる外ネジとの境目が、水平状に千切れるような分離破損を起こします。

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作業はまず、メタルのカバーを破損した首軸から削り取ることから始まります。手では引っこ抜けず、轆轤にセットしてまず下地を切断します。そして中に残った樹脂を綺麗に削り取る、割と時間の掛かる工程です。

外形はほぼ削り終わった状態。上の2本はネジ切り前です。非常に肉薄なデザインで、製作中4本ぐらいは失敗して割れてしまいました。(堅牢なエボナイトでさえ)

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メタルカバー、ペン先・ペン芯を仮付けして装着具合を見ます。

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研磨、洗浄を経て9割方完成。残る1割とは、カートリッジ&コンバーターを装着する穿刺チューブの製作・取付けのことです。一緒に写っている残りは、オリジナルの残骸です。

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別に作った穿刺チューブを取り付けて、ようやく完成しました。

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首軸がここまで胴軸に深く潜るデザインの万年筆は滅多にありません。このデザインと機能を高い次元で両立させたモデルゆえ、反面で薄い樹脂への負担が大きく、時間経過とともに前述のような破損を引き起こしやすい弱点があると言えます。オリジナルはもちろん一体成型ですが、これを切削で作るとなると旋盤より轆轤の方が有利なようです。特に内径に対し、ほぼ皮一枚状態のネジ付近など、轆轤であれば材料と刃物を手で固定させながら、”逃げ”や削りの当て加減が調節できるからです。とは言え、成型用の設計なので結果論に過ぎませんが。

これまで様々な首軸製作を手掛けて来ましたが、最も難しかったのがポルトプリュムでした。

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欠損したキャップ装飾リングの再現 / DELTA Via Veneto BP

ボールペンの装飾部分が一部紛失したため、埋めて欲しいというご依頼を頂きました。

デルタのヴィア・ヴェネットです。欠損したリングは、キャップトップのドーム型の白い装飾と同じ材質&色合いだったようです。

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元からあったカゼイン製のリングが割れて完全に無くなっているため、深い溝だけが残された状態でした。

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溝になった箇所が埋まれば修理方法はお任せ頂けるとの事でしたが、折角だから同じ白系の樹脂で埋めるのが一番です。

元のデザインを古いカタログで調べ、たまたま持ち合わせていた白いアクリル材を削って、代用パーツを作ることにしました。オリジナル(キャップトップ)のクリームがかった色よりやや白いですが、白系はこの材料しかありませんでした。

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ほぼ同じサイズのリングが出来上がれば、それを嵌め込めば何とか完成します。しかし、オリジナルはさらに縦筋模様があるようです。これまたトップのドーム部分も同じ。その縦筋模様を付けるのに、ローレットを取り付けた専用工具を使います。ピッチはやや粗い物を使います。

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製作・取付けが終わりました。

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前述の通り、欠損したオリジナルはカゼインで作られていたようです。
カゼインは色合いが象牙のような乳白色で温かみがある、とても魅力的な樹脂です。
その反面、収縮で割れやすいため、このように近年のペンでも破損して外れてしまうことがあります。

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修理日誌 デュポン・クラシックの首軸製作 / S.T.Dupont Classique

エス・テー・デュポン  クラシックの万年筆はたまに修理依頼が来ます。デュポンのクラシックは世代違いで2タイプあり、今回採り上げたのはいずれも1970~80年代のファースト・エディションです。

症状は明快、経年で樹脂の首軸に大きな亀裂が出来やすいこと。一般的にカートリッジ(両用)式の万年筆の首軸は、①ペン先とペン芯を固定し、カートリッジ/コンバーターに繋ぐソケットが間に入る二重構造、②ソケットがなくペン先とペン芯を直に首軸に装着する単体構造の2種類があります。

 

今回のクラシックは②にあたる単体構造ゆえ、一旦クラックが発生するとペン芯に貯蔵されたインクがそのまま表面に滲み出て、指やキャップ内部を汚してしまいます。

またこのクラシックの首軸は非常に薄く、過去接着を試みたものの、ペン先とペン芯を差し込むとすぐ傷口が開いて元通りになってしまいました。結論、首軸をすべてオリジナルと同じ形に作るしかありません。

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轆轤での切削はとりあえずここまで。上が製作途中の物で、この時点で首穴は水平にカットされたままです。下は破損したオリジナルの首軸。

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外形削りの最後に、ペン芯裏側の形状に沿ってグラインダーで削って”縁”を設けます。削り過ぎないよう、少し削ってはペン芯を入れて具合を見て、ピッタリになるまで何度かこれを繰り返します。ちょっとでも削り過ぎると一発でアウトなので、この作業は轆轤より緊張します。

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難しい首軸の形状が終わったら、”内部”パーツを別に作り、取り付けます。この小さなパーツは穿刺チューブといい、ペン芯の真下に設置、そのままカートリッジやコンバーターを差し込む口(連結)になります。オリジナルは首軸と一体成型で作られていますが、棒材からの切削だと一体物では出来ないため、熟慮の末このように分けて作る方法としました。

ところで穿刺チューブを作りにあたり、差し込み口の外形(パイプ状)も変更してしまいます。このクラシックのI型はペリカンの旧規格のカートリッジ、コンバーター用に作られているため、厳密には現行のヨーロッパタイプには合いません。当時のデュポンオリジナルのコンバーターペリカン再初期型と同じ)がない場合、こちらの方がチューブ外径が細いため、現行を取り付けても緩くて簡単に外れるかインク漏れを起こしてしまいがちです。

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見えにくいかも知れませんが、ツバ外周は細ネジを切りました。先に首軸内部に切って置いたネジに接着して取り付けます。

首軸を作るついでに、入手可能な現行ヨーロッパ規格にしてしまうことにより、一石二鳥にしてしまおう!  という訳です。

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 出来上がった首軸にペン先とペン芯を装着して、修理完了となります。

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正面から。

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余談ですが、前述のカートリッジ式にソケットを使うか否かはデザインやコストと言った様々な事情がありますが、ソケットを持つ二重構造は少なくとも内径にある程度のスペースが要求されます。デュポンのクラシックは非常にスリムなデザインゆえ、設計上一体構造にするしかなかったようです。

 

モンブランNo.256 キャップ&首軸製作 / Montblanc 256

アンティーク・モンブランの首軸と胴軸を作りました。1950年代のNo.256という少しずんぐりしたモデルです。ボディひび割れの場合は可能な限り、割れた箇所を接着して修復するやり方が一般的ですが、今回依頼主様のご要望でパーツ製作での対応となりました。例えオリジナルより太くなっても、実用優先に生まれ変わらせて欲しいとのご注文でした。首軸とキャップのクラックはご入手された時からあったそうです。

まずは首軸から。これだけの大きさのクラックになると、インク漏れも相当なものだった筈です。

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首軸を製作する作業の前に、リングを取りはずして磨きました。製作した首軸を再び接着で装着してしまうと、リングをムラなく磨けないので良い機会でした。

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エボナイトの内部を、胴軸に合わせて削り、形がピッタリと合った状態。

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ペン先ユニットが収まるよう、反対側も内部切削を終え、表面を削るのみとなりました。

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ほぼオリジナルと同じ形に削るのは当たり前ですが、角を丸めた端面(とば口)の縁を少し厚めに削りました。元々オリジナルが薄過ぎてこの箇所が傷みやすいので、これを機に耐久性を上げた形になります。

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ペン先ユニットを装着し、位置を確認します。もちろん、研磨の前にキャップとの収まり具合も行っています。

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次にキャップの製作を行います。オリジナルの2個のデコリングを活かすため、適当な位置で切断。リングの上のプラスティックを削り、接着シロを拵えました。

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削って作ったキャップスリーブに仮装着。

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ホワイトスターの天ビスも仮装着(ネジ)。そしてオリジナルと同じ形に表面を削って行きます。

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残るは表面研磨。

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キャップが完成しました。

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接着の乾燥を待って、内部の吸入機構等のオーバーホールを行い、修理はすべて完了しました。

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現存するモンブランNo.256はキャップ表面にクラックがある個体が多く、今回の万年筆も3か所もひび割れていました。256のキャップのクラックに悩まされている方は少なくないと思います。結構接着で直るケースもありますので、決してキャップ製作を(優先的に)お勧めしている訳ではありません。接着修理の方も、遠慮なくご相談ください。まずはお預かりして診てから、修理方法を判断致します。

 

 

 

胴軸の一部継足し修理 / PELIKAN M640 Polar Lights

ペリカン万年筆の割と近年のモデルをお直ししました。メタルの胴軸内側=樹脂製インナーバレルが水平亀裂により、分離破損していました。ピストン吸入機構が分離した方の軸にネジ留めされているため、すべて一緒に外れてしまっていました。

ある日インクを吸わせようとしたら尻軸が空回りして、そのまま(写真のような状態で)ピストンごと外れてしまい、使えなくなってしまったそうです。

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本体から分離しただけでなく、縦にもクラックがありました。

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加工作業前の胴軸をボトム側から覗く。

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まず胴軸本体側から加工します。破断面を綺麗に面取りするためです。万年筆ろくろ用のミツバネという刃物を使います。エンドミルのように、切削面を平らに仕上げるためです。

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削って出て来たスクラップ。

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破断面を綺麗に整えました。これから作る継足し部分と安定して接着するためです。

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胴軸下部の継足し部分を削って作ります。材料となる透明樹脂はクラックの起こりにくい特殊な物です。※非石油系

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必要な長さに切断、ネジ切りを行いました。因みに左ネジという、これまたペリカン独自の特殊な規格でした。
左は破損したオリジナル。

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接着・接合しました。当然、破損する前はこのような状態だったことになりますね。

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ピストン吸入機構を組み直して、修理が完了しました。この限定品M640 『ポーラー・ライト』はドイツ本国にも今回の必要パーツがもうないらしく、お客様によると日本の代理店で受けられなかったとのことです。

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割れたボールペンのボディ / DELTA Marina Piccola

デルタのマリナ ピッコラのボールペン。
床に落としてボディの先端が割れたしまった物で、分離した破片も紛失してしまいました。

メーカーがないため、輸入代理店でも修理は受け付けられなかったそうです。

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残念ながらこれに近い色の材料はありませんでしたが、依頼主様は工房に持ち込まれた際にダークブルーのアクリル材を選ばれました。結果その材料を削って接合し、お直しすることが出来ました。なお、オリジナルも同じアクリル材です。

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ピストン吸入式 ~すっぽ抜ける!?~ / PELIKAN 101N Tortoise Shell

「旧式ペリカンの吸入が上手く出来ない」という修理のご依頼を受けました。パッキンの収縮等でインクを十分に吸入しない、或いは機構の不具合で回転ノブが回らない・・・等々大体予想はつきます。ペリカンの1940年代のNo.101N トータス・シェル・ブラウンです。

さて届いた万年筆を点検すると、予想とは全く違う状態でした。パッキンの収縮+変形で吸入能力を失っているのに加え、ピストンを吸入位置まで上げようとする(排出位置)と、回転が止まらずそのままノブが螺旋棒ごと抜けてしまいました。ノブ受けの雄ネジが半分近くも欠損してしまっていました。当然ノブが噛み合う箇所は僅かで、とても吸入動作に必要な分を支えられません。

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そこで欠けたネジをそっくりそのまま作って接合することにしました。お客さんには、再生する箇所のみ色が黒になることを了承頂きました。

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破損個所をすべて切り落とします。そして接合するのりしろ箇所を5mm弱削って窪みの段を設けます。

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オリジナルパーツとは別に、接合する部分を作ります。ピストンガイドがスムーズに通るだけの内径を空け、ネジを切ります。

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ノブを被せてスムーズにネジで開閉出来る事を確認したら接合し、接着が乾くまで一旦放置します。その間、収縮したパッキンを作りました。

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翌日、新たに作ったパッキンを装着し、すべてのパーツを組み直して作業は終了。吸入・排出を行う際、ノブががっちり安定していることを確認して修理完了です。

写真はノブを排出の回転が止まる位置まで開き切った状態です。

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