銘板の移殖 / TIFFANY ATLAS

天冠ごと折れて、クリップが固定出来なくなった状態の万年筆をお預かりしました。ティファニーと言えば筆記具ではスターリングシルバーがメインのようですが、こちらは大柄な樹脂製のアトラス。

本来、(分離して天冠側に残った)ナット形リングがネジ固定されてクリップを挟むかたちです。ところが樹脂がネジを境に水平破断しているため、接着のスペースがほとんどありません。どう直すかしばらく思案した結果、キャップスリーヴ内のインナーキャップごと、一体で作って対応することにしました。オリジナルも樹脂一体です。

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折れた内部の樹脂から、ナット形リングと銘板の金具類を取り外しました。

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ネジ固定のリングは本来回して外せるのですが、この状態では持つ(掴む)所がないので、手だけでは外せませんでした。また銘板(ロゴ)は接着だったため、裏側から樹脂を削り取る形で外しました。ここからやっと、インナーキャップの製作に取り掛かれます。

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右がエボナイトを削って拵えたインナーキャップになります。

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銘板の”脚”、と外径に合わせて窪みを設けます。深さ等が計算と違った場合、銘板を取り外せない一発勝負でして、ここは少し緊張しました。失敗してまた取り外す場合は、インナーキャップを壊して作り直さなければならないからです。

或いはペン先が収まる内部が貫通するように穴を空ければ、失敗しても棒で突き出せますが、そうすると今度はインクの気密(乾燥防止)性能を落とすことになります。

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完成したインナーキャップ表面(見える表面だけ)を磨き、キャップチューブに収め、クリップとナット形リングを取り付けて、最後に銘板を埋め込みました。やはりこの瞬間が緊張しました。

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修理完了です。余談ですがインナーキャップの寸法、ペン先が収まる”とば口”の端面処理も、かなり正確さを要求されます。ここは首軸端面、及びキャップを胴軸に挿す時に僅かに触れる部分です。ここを正確に作らないと、キャップを閉めた時に首軸と隙間を生じさせてしまうことはもちろん、後ろに安定して挿すことができなくなってしまいます。

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言うまでもなく修理の最重要課題は破損したキャップを機能的にお直しする事で、銘板流用がメインではありません。ただブランド物はここがやはり外せませんね(笑)。

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修理日誌 ツイスト式ペンシル メカユニット交換加工 / OMAS A.M.87 ブライヤーウッド

オマスのツイスト式ペンシルをお直ししました。キャップチューブ側を半回転ほど右に捻ると芯が出る構造ですが、空回りして出ません。

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消しゴムのすぐ下の、突起があるメタル転子が回って内部の可動部が上下する仕組みです。ところがメカの樹脂カバーに亀裂(丸囲い)が入ったため、メタルの接続部と固定されずに左右に回ってしまいます。結果、ノック機構が左様しない訳です。

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胴軸側に装着されているペンシルのユニット自体はノック式で、この突起(リードキャップ)を指でノックすると、カチカチと通常のノック式ペンシルと同じ要領で芯が出入りします。そこを破損した回転メカの装着で、半回転でこのノック部を操作する仕組みになっています。

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まず、回転メカを取り外します。

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これから他社製の回転メカユニット(下)を加工して、付け替えます。なお、このユニットは元々回転式ボールペンなのです。

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オリジナルのコネクトパーツその物は破損していませんが、代替の回転メカユニットに装着出来ないため、取り外して新たに拵えます。

真鍮でコネクト部を作り、回転メカを装着しました。

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胴軸側に取り付けました。新たに取り付けた他社製の回転ユニット右端のつまみを右に半回転、芯かカチカチと出ました。

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芯補充の時と同じ要領でキャップチューブを回して外し、下から見た状態。真鍮に切ったネジが確認出来ます。

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修理完了しました。

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修理日誌 キャップネジの再生 / HARRY WINSTON

修理依頼のペン:ハリー・ウィンストン ローラーボール

ネジ式キャップのペンで、キャップ内部のネジが分離破損して閉まらなくなりました。ネジが半分以上失われています。一方胴軸側にもげたネジの樹脂部分が持ってかれています。

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本来ネジ山が見える部分です。

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 ネジ部分の樹脂を取り外して、胴軸側のネジ山が現れます。

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これから樹脂を埋めてネジを切り直します。でもその前に材料埋込のスペース確保のため、キャップ内部をより深く削って樹脂を取り除きます。

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キャップに埋めるエボナイトを切削、ネジ切りを行います。外国製のアクセサリーブランドに多く見られる、ピッチ1(1ミリ)のやや粗いネジで、工具もミリネジ用のクシガマを使います。このピッチのクシガマは割と出番が少なく、久しぶりの活躍でした。

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胴軸を閉めながら、ネジ切りを調節します。

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ピタッ。この後材料をカットして、キャップ内部に接着で埋め込みます。

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ネジの修復が終わり、修理作業は完了しました。この修理は(同じモデル&同じ破損個所で)過去2回やっています。当然、素材の弱い所が同じだからか、偶然とは言えないようです。

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インクタンク製作 / AURORA LUNA

アウロラ 2009年の限定モデル『ルナ』の万年筆をお直ししました。インク貯蔵部、いわゆるインクビューの所から水平にポッキリ折れてしまっています。実は2年前に一度接着でお直ししてありますが、最近再びインクが滲んで手が汚れるとのことでお預かりしました。

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水平に破断した軸は、接着でも強度はやや落ちます。おまけに破断面が複雑で、両用式ならともかく、ここに直接インクが触れるピストン吸入式なため、再接着で滲出を食い止めるのは難しいでしょう。考えた結果、内部をそっくりそのまま切削で作って取り付けることにしました。

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そのためには、作るよりも先に割れたアクリルの残骸を綺麗に削って取り除かなければなりません。オリジナルでもインク貯蔵部は首軸と接着されているため、壊さないようにすべてを削り取るのに小1時間はかかりました。

残滓の除去作業が終わりました。ネジ+接着で作られていました。

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今度は胴軸側も、割れたインクビューの透明アクリル部分を残りなく削り取ります。一連の上下の削り取りを終えて、ようやくインク貯蔵部の製作に入れます。

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繰り返しますが、オリジナルのインク貯蔵部は透明アクリルです。この材料は一度ひびが入ると一気に崩壊する恐れがあります。同じ透明でも逆に柔らかく割れにくいセルロース系樹脂のアセテートを使って製作します。

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仮付けして2個のリングを嵌めて、ぴったり収まるかを確認します。

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削りの微調整を繰り返し問題ないところまで仕上がったら、洗浄してすべてのパーツを接着等で取り付けます。

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接着乾燥後インク吸入の試験を終えて、修理完了となります。

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吸入機構用極小パーツ製作 / Montblanc No.256

今回はアンティーク・モンブランのとても小さな吸入パーツの一部を作って組み込むという、かなり難易度の高い修理を行いました。

「折角モンブランNo.256を入手したものの、ピストンが空回りして全く吸入が出来ない」というご相談でした。確かに尾栓を回しても空回りして、ピストンロッドが全く上下に動く気配がありません。

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「これは中のパーツのどれかが折れているようだ」と睨んだ通りでした。胴軸と尾栓を繋ぐ、ダブルエンドボルト型の樹脂コネクターを外し、尾栓を外してギアノブが現れます。尾栓内部がネジ受け(=ラック)になっており、噛み合って左右に回せる仕組みです。(尾栓を外しても)このギアを指でつまんで回すと、内部に組み込まれたスパイラルロッドも一緒に回転してピストンが上下する筈なのですが、回るのはやはりギアだけ・・・?

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ギアとワッシャーの接続付近を確認して、原因が判明。インナークロー(内爪付き)ワッシャーの”爪”が欠損して、ただの凸ワッシャーと化していました。左のハトメ状のワッシャー表面に、一か所折れた付け根が僅かに残っています。

※ギアノブを外すには、一番端のスナップリングを外さなければなりません。
専用工具が必要で、通常の方法では再び固定することが出来なくなります。絶対にご自身で分解しないでください。

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本来あった内爪が、一か所突き出ているギアノブの突起を受け止めて一緒に回転する仕組みです。こんな小さく複雑なパーツの作成経験も技術もまだなく、これは困りました。弊所での作成は諦めて、外注で作って貰うことを前提にお客さんにはお伝えしました。付き合いのあるパーツ製作業者さんでも、問題は最低50個又は100個~となりそうです。当然、こんな需要の低いパーツ故、今回は赤字覚悟でした。何しろこの破損例に当たったのは今回が初めてだったのです。

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外注に出すにも、(図面がない以上は)元となる見本が無ければ依頼出来ません。幸い工房に同じユニットを持ち稼働するNo.252とNo.264の残骸があったため、オリジナルパーツは確保出来ました。もちろんここから取り外して依頼品に取り付ければ、確実にお直しは可能です。しかし、これを使ってしまったらパーツ発注の機会が失われ、次同じ修理に直面した時に困ります。ということで、将来を見越してまとめて在庫を持つことに決めました。

構造を整理しますと今回の破損パーツは、前述のギアノブのストッパーの役目を果たすだけでなく、(折れた)3段構造の内爪の裏側がスパイラルロッドの溝にピッタリ収まり、一連の真鍮パーツ全体を左右に回転させるという二役を担っています。凄い!

 

写真は稼働状態の同じユニット。ちゃんと内爪が付いています。

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業者さんに送る前に、どこまで出来るか挑戦してみました。余談ですが、採寸して図面を起こすのに2時間は掛かってしまいました。ツバ部分の外径 はオリジナルと同じΦ6.0mm。下のワッシャー部の厚み、全体の高さもオリジナルと同じ寸法まで削り込んだら、一旦轆轤とフライスから離れます。

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ここからが完全な手作業。

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この凸円の8割は要らないため、まず先に半分削り取ってしまいます。

 

形は何とかほぼオリジナルと同じ所まで持って来られました(左)。3段の階段状になっているのが分かりますか?

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なお、一見平面に思える内爪もちゃんと弧を描いており、内径は下穴より更に狭く作っています。言い換えれば、裏の丸穴から内径ギリギリの丸棒を通しても、内爪の付け根の箇所でつっかえればOKとなります。こうしないと、スパイラルロッドの溝にピッタリ収まらないだけでなく、ギアノブも奥まで被さりません。

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すべての真鍮パーツを取り外して、まっさら状態のスパイラルロッド。

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最終的に間に樹脂コネクターを取り付けますが、先ずは作ったパーツを含めてすべてを仮付けして、回転機能するかを確認します。

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仮付け①

ギアノブを回すと内爪がストッパーとなり、一緒に稼働しました。ただこの時点でまだワッシャーのツバとギアノブ突端の間の隙間が広いため、内爪の外側を削って調節します。

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仮付け② → 成功!

隙間が上手く解消したので、胴軸と尾栓を繋ぐ樹脂のコネクターを再び取付けます。青の丸囲いのように、ここでスパイラルロッドの溝が見えず、その溝を覆う件の”内爪”が見えるのが正常な状態です。

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すべての駆動パーツが噛み合ってピストンが伸縮して、初めてインクの吸入・排出が行える訳です。パーツ作成の外注に出すことなく、修理完了!

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破損した内爪ワッシャーを含む一連のメタルパーツは、モンブラン No.25X, 34X(前・中期~), 26X, そしてモンテローザ O42 / G すべてに共用されています。どのモデルにも同じ故障であれば今回の修理技術で対応可能です。

手持ちの古いサービスマニュアル(恐らく当時の販売店向け)にも、今回のパーツを展開した図は載っていませんでした。

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ボールペン修理 口金&グリップ製作 / DELTA DOLCEVITA

口金が外れて紛失した状態の回転式ボールペンの修理です。『デルタ ドルチェヴィータ・スリム』

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口金と本体を繋ぐ黒い樹脂のグリップも割れてました。クラックの接着対応では、これから作る口金を差し込む際、力負けして再び割れてしまうことは明らかです。依頼主様にご提案し、今回の修理の機会に、グリップも作ることにしました。

 

写真からネジで外れるように見えますが、接着されているためまず外れません。
これは轆轤にセットして、ギリギリの位置で刃物を当ててカット加工中に分離したものです。=切りシロの分、短くなっています。

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口金を真鍮、グリップをエボナイトで作ります。

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リフィルの収納・繰り出しに対応するよう、内部の加工が終わったところ。胴軸に仮付けして、芯の動きに対応出来るよう調節を繰り返します。

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外形を削り、オリジナルの形に近付けてゆきます。

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表面を研磨して完成しました。

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オリジナルに近いカラーにメッキ。

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これで修理は完了。

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ボールペンのボディ製作 ~半分は想像で~ / WATERMAN Supermaster

胴軸の大部分を紛失した状態のボールペン。これを作れますか?というご依頼でした。

ウォーターマンの1980年代の細身のシリーズで、スーパーマスター。回転式です。

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内筒がすっぽり抜けた状態でした。接着が溶けたのか、このような状態で来る依頼品はとても珍しいです。最初、残った方の内軸を流用して、胴軸を作って接着する方法で進めようとしました。ところがこの内軸を覆う胴軸を作るには、スリムなキャップに一部が収まるようにするにはあまりに肉薄となってしまうことが判り、この方法は断念しました。そこで、内軸の機能も備えた一体物の胴軸全体を作ることにしました。

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エボナイトを削り、胴軸が完成しました。作った胴軸の中には、リフィル受けのスプリングが入っています。見た目はシンプルですが、難しいのは中身の彫り。リフィルの収納&(筆記可能な)繰り出し状態から本来の寸法決めるのはもちろん、仮付けしたキャップを回して機能しなければなりません。途中までしか回転せず、、芯が何かに閊えるような状態でなかなか最後まで出なかったり・・・と。

 

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回転で問題なくスムーズな芯の繰り出し・収納が行えることを確認したら、後は外形の削りです。

オリジナル状態の実物見本がなかったので、ウォーターマンの1980年代のカタログ写真を見て、想像でこの形までもっていきました。

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修理方法にも色々ありますが、形や寸法等を想像しながらオリジナルに近付けて行く修理も少なくありません。

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