蒔絵軸の修復 / Dunhill NAMIKI

破損した蒔絵塗り万年筆の修復を行いました。戦前のダンヒルナミキ・オリジナルで、胴軸が上下2ヵ所も大きなダメージのある難しいご依頼品でした。バランス型のボトム部がレバーから下、見事に欠損してしまっています。

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どうも欠損してしまったと言うより、破損部分をどこかで意図的に切り取られているように思えます。

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もう一方の首軸が収まる”とば口”側は、外ネジが一部欠損してしまっています。ただ不幸中の幸いか、上下どちらとも絵には直接の被害が及んでいません。そこで依頼者様は上下をそれぞれ継ぎ足して修復する方法を選んだのです。

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作業に入ります。まずはボトム側から。

エボナイトを削って継ぎ足す部分を作ります。

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接着接合し、本体の塗りを傷つけないように周り、そしてボトムの本来の形に少しずつ削って整えます。

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ボトム側が完成したら、胴軸上部の加工に入ります。カットする位置を決め、直接刃物で切断面に浅い切り込みを入れます。

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切り込みを案内にカット。

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ボトム側と同じ要領でエボナイトを削って接合します。

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接着が乾いてからやはり外径の削り、首軸を収める雌ネジ/キャップを受ける外(4条)ネジを切ります。最後に継ぎ目が分からないよう、ぼかし研磨を行います。この工程では漆を塗られた表面の一部も研磨しますので、接合作業に劣らず神経を使います。

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先に接合したボトム側と合わせ、艶出し研磨を行い、修復作業は完了となります。

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この作業の最も難しいところは、言うまでもなく貴重なオリジナルの塗り、絵を傷つけないよう正確に元の形に修復、且つ万年筆としての使用の強度に耐えるようにすることです。なお、このような同じ蒔絵や漆塗りの修復作業でも、更に2通りの方法があります。即ち今回のようにうちで最終工程まで完成させてしまう方法。そしてもう一つは、接合等で修復を施した後、一部乃至全体を塗り直して貰うため、後の工程を漆芸作家に依頼すると言う方法です。

後者の場合、うちでは艶出し研磨は行わず、漆が載りやすいよう敢えて表面は粗仕上げに留めます。

 

修理日誌 インナーセクション製作 / WATERMAN Le Man 100

ウォーターマン ル・マン100&200 に多い修理依頼が、首軸内部の破損です。

薄い樹脂のインナーセクションが千切れたりして、首軸のパーツがばらばらに外れてしまうのです。今回の例は、キャップを抜いたらペン先ごとすべてキャップ側に持って行かれ、外れないというものでした。

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キャップを引き抜いた状態

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ペン先ユニットごとキャップ内に残ったまま

 

最初の作業がキャップ内に残る一式をすべて取り出す作業です。その辺のペンチやピンセットの類ではまず取り外せません。どの道穿刺チューブは後から作るので傷つけてしまっても構わないのですが、その内側に収まるペン芯の細管だけは絶対に壊してはいけません。

持って行かれた部分はすべて引き抜きました。メタルのジョイント部とネジ留めで取り付けるインナーセクションの樹脂ネジが破断しています。これが抜けの原因です。

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ユニットを取り出す

 

ジョイント内部に残ったネジの残骸を取り出します。

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この修理のメイン、インナーセクション(下)をオリジナルと同じ寸法に削って作りました。カートリッジやコンバーターに取り付ける”穿刺チューブ”も別体で作り、取り付けてあります。

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すべてをネジ留めして出来上がり。オリジナルより耐久性は向上していることでしょう。

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完成したインナーを取付け、修理完了

 

手持ちのル・マン100の破損した予備群です。今回と同じようにインナーを作ればちゃんと使えます。

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修理日誌 真っ二つに折れたキャップ製作 / Montblanc Virginia Woolf

モンブランの作家シリーズ、ヴァージニア・ウルフのキャップを作ってお直ししました。

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お預かり時は、写真のように応急処置的に接着された状態でしたが、このように水平に破断した状態では強度を保てません。

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軽く引っ張って、簡単に外れてしまいます。キャップは普段使いに於けるネジの開閉、クリップ固定など何かと力の加わるところです。お問い合わせ時からキャップ製作でのご依頼でした。ただしオリジナルと同じ表面彫刻までは対応できません、と言う旨は事前にお伝えしてあります。

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キャップが完成しました。今回一番難しかったところは、トップエンドのメタルパーツにピッタリ合うように、樹脂の端面を手で彫り込む作業です。製作1本目はエンド部を中からネジ留めする段階で、若干キャップチューブとの組み合わせが歪になり失敗。
トップのホワイトスターが水平でなく、偏って(角度がついて)しまったのです。

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このようにキャップ表面と天冠が真っ直ぐで、トップも水平であれば問題ありません。

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修理日誌 ボールペン カムパーツの再生 / Montblanc Starwalker

モンブラン/スターウォーカーのボールペン修理は何度か採り上げましたが、今回ご紹介するのは軸の真ん中から上がすっぽ抜けて、そのまま元に戻らない破損です。こういった修理依頼は何度かお受けしているため、ご相談の時点ですぐピンと来ます。”カム”の破損だと。

通常はリフィル交換の際、後軸を回してリフィルが現れる訳ですから、下の写真のようにリフィルカバーが露わになる事自体あり得ないのです。

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現物をお預かりして症状を確認&リフィルを抜いて後軸を振ると、破損したパーツの小さな破片が降って来ました。案の定、工具で天冠を留めるビスと一体のカム本体を取り外すと、このような状態でした。分離破損した左側がカムというパーツで、左下の筒状の物が外側に突起(1ヵ所)を持つシリンダーになります。このパイプ状のシリンダーがリフィル(芯)上部を覆って、上下に作動します。ともあれ、この主要なカムがブチ切れている以上、リフィルの収納・繰り出しは不可能な上、前軸に固定する事も出来ません。

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下の写真の左側がカム部分で、右側が本来天冠留めビスと繋がっていた破損個所になります。(丸囲いの中の)平たい”側板”が、リフィルカバー内側に設けられたレールを水平に回転する、言わば車輪の役目を果たします。そしてこの突起こそ、後軸が抜けないストッパーの役目も兼ねた一人二役です。

この修理は、件のカムパーツを同じ形に作り、天冠の留めビスに接着する作業になります。

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作業開始。留めビス側に残った樹脂の破断面を綺麗に削り取り、これから作るカムを接着するため、内径を広げます。

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エボナイト材でカム本体のベースを作りました。轆轤で出来るのは、ここまで。

後はフライスとハンドグラインダーで更にオリジナルと同じ形まで持って行きます。

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側板を設け、シリンダーの突起が伸縮で2つの位置で噛み合うよう、180度対面位置に溝を彫ります。

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一旦、先に加工しておいた天ビス留めにカムを仮付けします。

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シリンダーが滑らかに半回転動作が出来るよう、溝の表面をきれいに仕上げたら、シリンダーに被せます。こちらが収納状態。

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繰り出し=筆記位置の状態。

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前軸、リフィル、リフィルカバーのすべてを(仮)組立てし、後端のつまみを指で回転させてリフィルの出や収納位置を確認します。動作が滑らかに、位置も問題ないことを確認したら、今度はカムを接着します。

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リフィルが標準の位置に出て固定されました。最後に後軸を再び装着して修理は完了しました。

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ツイスト式のボールペンは、各社回転メカのパーツが違っても、基本構造自体はどれも同じと見て良いでしょう。ただモンブランの場合、今回のようにカムを作って対応出来るタイプと、回転メカがアッセンブリーで分解出来ないタイプがあります。後者の場合は、(過去にご紹介済)他社製回転メカを移殖させるためにペン本体の内部を改造加工する必要があります。

※クロスタイプ、ウォーターマンはまた違った独自規格です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インクビュー+ネジの再生 / Pelikan M4xx 両用式

以前当ブログでご紹介しましたペリカンのほぼ同じモデル(1970年前後の両用式万年筆)の、胴軸と開閉するインクビュー一体のネジが同じように破損した例です。

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hikkigukobo.hatenablog.com

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前回は同じ形状のペリカーノ (mk2) から、ネジ部をカットして移殖しました。それに対し、今回はネジを含むインクビューを新たに拵えて接合するという、別の修理方法になります。

 

まず採寸をい、これからパーツを作って取り付けるために、破損個所を綺麗に削って整えます。装飾リングも一旦取り外し、後で新しいパーツと一緒に再び取り付けます。

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透明のセルロース樹脂を切削して作りました。先ほど削って整えた首軸にピッタリ合うよう、接着面も設けてあります。余談ですがこのシリーズのネジは2条ネジで、胴軸との開閉部分のネジとしては大変珍しい規格です。

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作ったパーツを染色してから、首軸本体に接着で取り付けました。もちろん、前述のリングを挟んで。

(汚れる前の状態を考慮したとはいえ、ちょっと色合いが違いますが💦)

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修理完了しました。少なとも、インクの視認性は破損品より上がりました。

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銘板の移殖 / TIFFANY ATLAS

天冠ごと折れて、クリップが固定出来なくなった状態の万年筆をお預かりしました。ティファニーと言えば筆記具ではスターリングシルバーがメインのようですが、こちらは大柄な樹脂製のアトラス。

本来、(分離して天冠側に残った)ナット形リングがネジ固定されてクリップを挟むかたちです。ところが樹脂がネジを境に水平破断しているため、接着のスペースがほとんどありません。どう直すかしばらく思案した結果、キャップスリーヴ内のインナーキャップごと、一体で作って対応することにしました。オリジナルも樹脂一体です。

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折れた内部の樹脂から、ナット形リングと銘板の金具類を取り外しました。

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ネジ固定のリングは本来回して外せるのですが、この状態では持つ(掴む)所がないので、手だけでは外せませんでした。また銘板(ロゴ)は接着だったため、裏側から樹脂を削り取る形で外しました。ここからやっと、インナーキャップの製作に取り掛かれます。

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右がエボナイトを削って拵えたインナーキャップになります。

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銘板の”脚”、と外径に合わせて窪みを設けます。深さ等が計算と違った場合、銘板を取り外せない一発勝負でして、ここは少し緊張しました。失敗してまた取り外す場合は、インナーキャップを壊して作り直さなければならないからです。

或いはペン先が収まる内部が貫通するように穴を空ければ、失敗しても棒で突き出せますが、そうすると今度はインクの気密(乾燥防止)性能を落とすことになります。

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完成したインナーキャップ表面(見える表面だけ)を磨き、キャップチューブに収め、クリップとナット形リングを取り付けて、最後に銘板を埋め込みました。やはりこの瞬間が緊張しました。

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修理完了です。余談ですがインナーキャップの寸法、ペン先が収まる”とば口”の端面処理も、かなり正確さを要求されます。ここは首軸端面、及びキャップを胴軸に挿す時に僅かに触れる部分です。ここを正確に作らないと、キャップを閉めた時に首軸と隙間を生じさせてしまうことはもちろん、後ろに安定して挿すことができなくなってしまいます。

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言うまでもなく修理の最重要課題は破損したキャップを機能的にお直しする事で、銘板流用がメインではありません。ただブランド物はここがやはり外せませんね(笑)。

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修理日誌 ツイスト式ペンシル メカユニット交換加工 / OMAS A.M.87 ブライヤーウッド

オマスのツイスト式ペンシルをお直ししました。キャップチューブ側を半回転ほど右に捻ると芯が出る構造ですが、空回りして出ません。

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消しゴムのすぐ下の、突起があるメタル転子が回って内部の可動部が上下する仕組みです。ところがメカの樹脂カバーに亀裂(丸囲い)が入ったため、メタルの接続部と固定されずに左右に回ってしまいます。結果、ノック機構が左様しない訳です。

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胴軸側に装着されているペンシルのユニット自体はノック式で、この突起(リードキャップ)を指でノックすると、カチカチと通常のノック式ペンシルと同じ要領で芯が出入りします。そこを破損した回転メカの装着で、半回転でこのノック部を操作する仕組みになっています。

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まず、回転メカを取り外します。

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これから他社製の回転メカユニット(下)を加工して、付け替えます。なお、このユニットは元々回転式ボールペンなのです。

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オリジナルのコネクトパーツその物は破損していませんが、代替の回転メカユニットに装着出来ないため、取り外して新たに拵えます。

真鍮でコネクト部を作り、回転メカを装着しました。

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胴軸側に取り付けました。新たに取り付けた他社製の回転ユニット右端のつまみを右に半回転、芯かカチカチと出ました。

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芯補充の時と同じ要領でキャップチューブを回して外し、下から見た状態。真鍮に切ったネジが確認出来ます。

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修理完了しました。

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