今度はロングインクビュー / Montblanc L139G

前回の修理から丁度1年後に、同じモンブラン 139 の胴軸製作の依頼がありました。

その前回がこちら ☟

hikkigukobo.hatenablog.com

 

内容がほぼ同じなので、解説と写真はかなり端折ります。

大きな違いは今回の破損品はロングインクビューだったことです。オリジナルの胴軸外ネジに数か所のクラック&欠けがある状態でした。黒と透明、2種のセルロース材を使い、切削で代替の胴軸を作ります。

 

インク汚れと経年によりほぼ真っ黒だった胴軸の内面を磨いて、本来の色を確認します。染色による色の再現のため。オリジナルの色が分かったのは良いとして、現れたロングインクビューはほぼすべてメッシュ状の浅いひびに覆われていました。例えネジ箇所が破損していなくても、より大きなひび割れによる破損は時間の問題だったのではないでしょうか?

染色再現した新造の胴軸は、やや明るいですね。これも破損したオリジナルの胴軸が製造当時はもっと明るかった(と推察)点、今回作った方もインクを入れて使ってゆくうちに濃く変色する点を考慮しての再現でした。

 

染色後の乾燥、胴軸の膨張収縮に丸一日寝かせてからすべてのパーツを取付けます。これまた新たに拵えたピストンシールを取り付けて、完成です。

前回の#139と作業そのものはほぼ同じですが、ロングインクビューはより手間がかかります。透明セルロースの内面の削り、傷取り研磨は可視面積が広いほど仕上げに時間がかかるからです。

 

ボールペンのグリップ折れ / Montblanc Limited Edition Marcel Proust

机からの落下の衝撃により、グリップが分離破損してしまった銀軸のボールペンをお直ししました。このペンはモンブランの作家シリーズ(限定)で、1999年発売のマルセル・プルースト(万年筆・ボールペン・ペンシル)。

 

本体軸と繋ぐ雄ネジのほぼ根元から、水平に破断してしまっています。ここは丈夫な樹脂材を使ってネジ+α(接着しろ)を作って接合するよりも、オリジナルと同じ一体構造の方が安定する筈なので、全く同じパーツを作ることにしました。

 

強度を重視しエボナイトを使って作りました。メタルの口金は再利用します。

 

口金、デコリングを装着、そしてガイドチューブを挿し込みます。

 

このインナーチューブにはグリップを繋ぐネジと、更に本体軸内の奥にあるツイストメカとを繋ぐネジの、上下2ヵ所の雌ネジがあります。当然、作ったグリップの寸法が0.1mmでも違えば、その分の隙間が生じるか、反対にきつくなってグリップがスムーズに回せません。一般的なツイスト式と同じくグリップ、又は本体軸を180度回転させてリフィルの出し入れを行う訳です。

 

リフィルを装填、本体軸に取り付けます。隙間なく、スムーズに回転できることを確認して修理が完了しました。

 

重い材料で作られた高級なペンほど、落下による破損のリスクは高いと言えます。銀は特に重いせいか、このモデルで同様の破損による修理依頼は今回で3件目でした。少なくとも、オリジナルよりは丈夫になりました。

 

ボールペン修理日誌 ~ツイストメカすっぽ抜け~ / Louis Vuitton

胴軸とキャップチューブが固定されなくなったボールペンをお直ししました。ルイ・ヴィトンのジェットラックというスリムなモデルです。胴軸とキャップはネジで固定されていますが、スカスカな状態でネジ山が全く噛み合わずすっぽ抜けてしまいます。メタルのツイストメカは通常キャップチューブ内に収まっていますが、修理のため一旦引っこ抜きました。ツイストメカの機能はしっかり生きているので、これを再び元の位置に固定させる必要があります。といっても接着してしまったら、2度とリフィル交換のために開けられなくなってしまいますから、再びネジで開閉できるようにする必要があります。

 

メタルのネジがそう摩耗する筈もなく、胴軸の雌ネジか樹脂その物が収縮してしまったようです。下の写真で僅かに見える胴軸側の黒いネジ溝が、やや浅く見えます。一旦胴軸側のネジ受けを含むほとんどの樹脂を切断して、新たに樹脂を接合する方法を採ります。

 

位置を決めて切断。いたずらに切った訳ではなく、本来の寸法や外径&内径は簡単な図面に控えています。因みに切断面より下は、アルミのようです。

 

エボナイトを材料に、代替部を作り接合します。一段細くした左は接着シロになります。

 

胴軸側にぴったり収まることを確認したら接着は後回しにして、ツイストメカを取り付けるネジ切りに入ります。

 

先ほど切断したオリジナルより、ネジ溝がくっきりしているのが見えますか?

 

接着完了。次に、外したツイストメカを元のキャップチューブ内に収めます。

 

再びネジ回してキャップを締め、ツイスト操作で芯の出し入れが出来ることを確認したら修理完了です。さてこのネジバカになった樹脂は、質感からしてジュラコンのようですが、果たして? どうもこのネジ受けには向かない材料なのか、ヴィトンのボールペンで同じ症状の物は何本も診て来ました。

 

コルクスタッドの再生 / Montblanc telescopic piston

モンブランのテレスコープ吸入式の修理と言えば、まず第一に摩耗したコルクの交換。その一方でコルクを取り付け、固定させるためのスタッドやナットがダメになってしまっている例も少なくありません。コルクスタッドとは、(コルク)シールを取り付けるための土台にあたる部分で、シールの蓋=ナットを固定するための雄ネジが設けられています。過去2件の修理例をご紹介します。

例1) スタッドのネジが付いた突起の外形がかなり痩せてしまっています。そのため、シールの上でネジ留めされるナットが下の写真のように下まで緩く回って固定されません。つまり取付けてもナットごとコルクと一緒に外れてしまいます。

 

この場合、ナットを内径をやや狭く作って対応することもありますが、これはスタッドの収縮が著しく、ナット製作では納まらないレベルです。そこで最終手段として、スタッド本体をエボナイトで作って交換してしまうことにしました。上がテレスコープユニットから取り外した元のシールスタッド、下は今回製作した代替パーツです。見た目の違いは分からないと思いますが、ねじ外径を0.3mmほど太く作ってあります。この外径は新品当時のサイズと言うことになります。

 

同様にナットも新たに作ります(左下)。オリジナルのナット(右上)はさほど破損も収縮もしていませんが、外径不足でこれから取り付けるOリングのシールを抑えることができないから。高さを低く(薄く)、Oリングが外れないよう外径をやや広く作りました。

 

エボナイトで新たに作って取り付けたシールスタッドとナット。後はマウントとOリングを取り付けて完成です。

 

例2) こちらはナットとコルクがついたままスタッド先端が折れて、分断してしまっています。

 

これは完全な破損になりますので、パーツ交換しか手段はありません。そのパーツを、やはり例1と同様に作ります。

 

ユニット内部に残った、シールスタッドの”脚”を取り外したところ。

 

シールスタッドをエボナイトで製作。

 

ナットを取り付けて、調節しながらねじを切ります。

 

シールスタッドの完成。

 

ユニット内に収める”脚”側から。

 

ピストンユニットへ取付け。

 

左から作ったOリングのマウント、ナット、そしてオリジナルのナットになります。

 

完成。このような形で胴軸に収まる訳ですが、一旦ナットとシールマウント、Oリングを取外します。その後、胴軸に取り付けてから外した3つのパーツを胴軸を被せた上で、再度反対(首軸)側から取り付ければ作業完了。

ナット、コルクスタッド。これらコルクを設置・固定する2つのパーツは、いずれもオリジナルはセルロイドで作られています。セルロイドは経年で収縮しやすいのに加え、湿気で収縮が更に加速されます。通常インクを貯蔵する胴軸内にあり、常に(インクという)水分に浸かっている訳ですから、結果的に収縮による不具合や破損は避けれません。エボナイトでパーツを作ることにより、オリジナルより安定した物にできます。

 

パーツ破損&紛失 / PARKER 65

歴代パーカーの中ではややマイナーな部類に入るモデル、パーカー65をお直ししました。時代的にパーカー61にほぼ被るシリーズで、ペン先の形状以外、サイズや共通パーツもあって兄弟のような位置付けだったようです。そんなモデルだけあって、当工房でも修理で依頼されるのは年に1,2本あるかないかです。当時のイギリスパーカーは主に欧州市場向けで、65やVPは日本にあまり入って来なかったようです。

依頼された万年筆は65の中~後期型。主な違いは初~前期方は専用吸入器仕様で、カートリッジは使えません。この仕様変遷も61と同じ。

ご依頼の内容:①首軸と胴軸のねじの閉まりがとてもが緩く、閉まり切らずに胴軸が抜けてしまう。 ②カートリッジがしっかり刺さらず、インクがまともに回ってこない。お預かり点検して、コネクターが経年収縮で痩せてしまっていることを確認。コネクターを作って、対応します。

 

ネクターを首軸から外そうとすると、割と弱い力で外せました。コネクターの上ねじも同様に痩せているため、ぴったり閉めると止まらずに空回りしてしまいました。どの道、このコネクターは使えません。

 

さらに酷いことに、取り外した時点で上側のねじを残して下側と分離してしまいました。上は工房にある同じパーツで、本来はこのような形・寸法です。こちらも壊れていて、あくまで形見本に利用しています。

 

次に開けた首軸の中を調べると、何と穿刺チューブがない! これではコンバーターの固定はおろか、カートリッジの蓋を完全に突き破ることはできません。今まで、ペン芯の先で穴の一部を開けるに留まっていたようです。中古品と聞いてますので、どうやら前の持ち主の手で分解・外されていたようです。ない物は仕方ないので、これも作るしかありません。幸いオリジナルの穿刺チューブが1個ありましたので、これを見本に、真鍮で作ります(左下)。

 

出来上がった穿刺チューブをコレクターに仮装着して、コンバーターと接続。これでカートリッジ&コンバーター両用式として、本来の使い方が可能になりました。

 

同時進行でコネクターを製作(上)。再び痩せて同じことが起こらないよう、ほぼ収縮しないエボナイトを使いました。

 

作った物を含む、すべてのパーツを取り付けて再組立て。無事に修理が完了しました。それにしてもネットオークション等から古いペンを入手する場合、今回のような当り外れは避けては通れませんね。目が肥えている人なら写真でかなり絞った判断ができるのでしょうが、中身までは・・・・・・。

 

パーツの寸法は違えど / Montblanc Meisterstück 142

古いモンブランの万年筆の胴軸を2本まとめて作りました。モデルは14Xシリーズ最小の、マイスターシュテュックNo.142。どちらも前期型の、それも胴軸がほぼ同じ壊れ方だったため、効率良く直せました。

 

この万年筆は吸入不良のピストンシールを交換するためには首軸を外して行いますが、セルロイドの経年収縮により、胴軸のネジ側から割れてしまっています。

 

こちらはもう1本の142。

 

割れたネジの一部が欠損してしまっています。

 

同じ原料から製造されている2種類のセルロース樹脂を材料に使います。セルロイドもそうなのですが、無色透明と言ってもアクリル程の透明度ではなく、削る前は若干飴色に近いです。

 

ろくろで削り、ネジ切りを行いほぼ形になりました。当初の飴色から大分白っぽくなっているのが、お分かりでしょうか?

 

オリジナルのインクビューの色に合わせ、透明材は染色を行います。更にネジ山もやはりオリジナルと同じく、黒く塗り終えました。ここが当時のモンブランの高級品としての拘りのようです。内面の研磨を終えた後、吸入器を仮装着して吸入・排出のテストを行います。

 

染色による膨張がおさまるのを(最低)1日待ってから、アウターの黒いスリーヴを取り付けます。最後に表面をバフ掛けして、代替パーツ x2の完成となります。

 

因みにこの2本、同じモデルでありながら胴軸やキャップの長さがそれぞれ約1mm違います。No.144, 146, 149も同様に。製造ロットや時期の違いか正確な理由は知りませんが、それ故に同じモデルでも個々のボディパーツに合わせながら作るしかないのが辛いところです。それに加えて材料の収縮の進行度も、1本1本すべて違うため、ネジの外形&内径も合わせる必要があります。数本まとめての作り置きが出来ず、修理依頼の度に現物と合わせて対応するしかない理由がここにあります。

オリジナルの胴軸を引退させて / PELIKAN 400 Mother of pearl

胴軸が破損したペリカン500のマザー・オブ・パールをベースに、持ち主様のご依頼で首軸を含む胴軸全体をカスタマイズの形で作りました。

写真のように、マザーオブパール(セルロイド)の表面が網の目のようにクラックが入ってしまっており、最初からこの軸を活かした修理ではなく、新規で製作の方向で話が進められました。最終的にご用意できる材料の中から、胴軸/首軸をオレンジ&黒のカラーエボナイト、インクビューを明るいブラウンという組み合わせに決まりました。

 

カラーエボナイトで首軸を作っているところ。写真から、首穴のソケット受けネジを切り終えているのが分かります。

 

胴軸のエンドを除いて、ほぼ削り終えました。この後、少しずつ削ってキャップの収まり具合を調節していきます。

 

インナー兼インクビューを染色、エボナイトも磨きの仕上げを行いました。

 

吸入ユニットを取り付けて、完成。

 

ヴィンテージ万年筆でも持ち主によって付き合い方(考え方)は様々です。今回のように、実用のためにボディを一新しつつ、破損して使えなくなったオリジナル部分はそのまま保管するという考えの方も少なくありません。