天冠の再生 / PARKER VICTORY

天冠がない状態の、英国パーカーのヴィクトリー。ご依頼はそのまま、天冠を取り付けて欲しいというものでした。

 

天冠( 英語ではJewel )を受ける雌ネジがむき出し。

 

天冠を作るだけならこのまま作業に入れるのですが、クリップも少し開いた状態だったので、一緒にお直しすることにします。そのためには、まず分解。クリップ、ブッシュを取外して、クリップの開きを矯正。

 

メインの天冠製作。ブッシュ側のネジを切り終えたところ。

 

そのねじにブッシュを仮付け。

 

作った天冠を取り付けて作業は完了。クリップの開きが直って、先端がキャップチューブに当たっていることがお分かりいただけると思います。

 

海外のショップからパーカー51/61をメインに、天冠(黒やオリジナルのグレーマーブル風)が売られていまして、入手は難しくありません。

しかし滅多にないご依頼のために、1個単位で入手していたのではいかにも効率が悪いので、こちらで作って対応しました。

魔改造のツケ インク止め式➡カートリッジ式➡インク止め式

カートリッジ式に改造された”元インク止め式”万年筆を、再びインク止め式に戻すという、文章にするとかなりややこしい(実際にも)作業を行いました。それも3本!

 

こちらの1本は作業経過をほとんど撮りませんでしたが、まずはご覧いただきましょう。

 

ご覧の通り、ヨーロッパタイプのカートリッジが装着されています。それも何とも形容しがたい無理やり感が見て取れますね。

 

カートリッジに直に取り付けられていたのは、どうやらプラチナが昔販売していた変換アダプターのようです。即ちプラチナ製万年筆に、ヨーロッパタイプのカートリッジが使えるというツールです。それを更に止め式の首軸に取り付けるべく、どこかのカートリッジの上をカットした物にアダプターを嵌め込み(これが割とピッタリ)、パテで首軸に固定されていました。幸い接着剤ではないため、ほとんどは指やへらでこすってパテの残滓を取り除けました。しかし痕が残っては商品にならないので、取れきれなかった残りは轆轤を使い刃物で削り取りました。

 

コルク室のパッキン(樹脂)を交換し、中芯を作って取り付ければ止め式の再生の完了です。


次は同じ改造をされた残り(同じ形の)2本の再生作業に入ります。詳細は先ほどの1本と同じですが、こちらは各工程の写真を撮りましたので、より分かりやすく解説ができます。これは酒井栄助氏作のバランス型。どちらも同じ改造を受けています。

[コルク室破壊痕]

止め式をご存知の方には、一見コルク室の固定リングとコルクを取り外しただけのように見えるかと・・・・・・。実際は雌ネジごと荒々しく削られ、大穴が貫通してしまってます。

 

[コルク室の再生]

ここを再生しないことには止め式に戻せません。そこで埋め込むエボナイト材の外径に合わせた内径に掘り進め、材料を接着して埋めます。

 

埋め込んだら材料カット。

 

ここからは止め式製作と同じ要領の作業になります。ヒラギリという刃物で、パッキンの外径に合わせた加工、そしてネジ切りを行います。

 

パッキンの取付け、スペーサー一体の留めリングの製作。

 

[尻軸(ナナコ)の再生]

これまた厄介! 中芯が取り外されているのは仕方ないとして(あればカートリッジのスペースなし)、この状態では中芯を取り付けられません。右はもげた中芯の残骸が残ったまま。

 

残骸のエボナイトを削り取り、そして中芯規格の左ネジ切りを行います。ネジ山が復活しているのが見えると思います。

 

[中芯作り]

工房秘蔵の新品の中芯です。ヘッドもネジもないプレーン状態の中芯の姿です♬

昔は中芯も専門の業者さんがいらっしゃいまして、それを各万年筆製作所やお店に数百本単位で売っていたのです。私はその当時を経験していないので、これは轆轤の師匠から聞いた話です。太さ1分(いちぶ)=約3.03mmのエボナイトの中に、ピアノ線が埋め込まれた物です。

 

(逆)ネジ切り、遮蔽ヘッド作り。

 

中芯の出来上がり。

 

再生した尻軸に中芯を取付け、閉め切った状態でヘッドが首軸の穴にぴったり当たるまで調整を繰り返します。

 

これで3本すべての改造万年筆が、再びインク止め式の姿に戻りました。


この3本はあるお店さんからのご依頼でして、折角仕入れてもあの魔改造状態ではなかなか売り物になりませんよね。ご尤も。
実は同様のカートリッジ(それもヨーロッパタイプ)式改造の個体を見たのは初めてではなく、過去にも2度ばかりありました。どうも愛好家の改造ではなく、一昔前の骨董屋の類の仕事だったように思います。或いは胴軸加工の一部は外注? ここまでご覧頂いて想像つくかと思いますが、この再生作業は、万年筆を半分作ってしまうぐらいの手間が掛かります。果たしてこれを修理と言えるのか、何だかモヤモヤします。余談ですがかなり前に、パーカー・デュオフォールド・ビッグレッド魔改造品を見た時はたまげました。あのボタンフィラーが、インク止め式にされていたのですから!
ともあれ、改造の痕跡が分からないぐらいには仕上げた積りです。無事に売れますように。

4色ボールペンのリフィルが装着できない / Montblanc Pix-o-mat

モンブランの4色ボールペンの(一部)お直しをしました。同社の1960年代の製品 Pix-o-mat(ピクソマット)です。赤いリフィルだけどうしても装着できない、というご相談でした。これは振り子式と呼ばれる、重力を利用したユニークな機構で、内部のプッシュロッドが使いたい色の芯を押し出してくれます。ラミー2000の4色BPもこの方式です。

リフィルの取外し&取付けは、決めた色を押し出して本体先端から行います。ここからリフィルが入らないということは、内部で不具合が考えられます。写真は点検、及び修理のために内部ユニットを取り外した状態です。

 

4色=4つのリフィルを取り付けるチューブホルダーがある訳ですが、予想通り1本の取付け口がかなり変形してしまっていました。外からなかなか装着できないため、それを繰り返した結果ですね。依頼者様から相談を受けた際、それ以上無理に続けないでくださいとお伝えしています。取付け口の破損を進めてしまうだけですから。これでも今回の変形はまだいい方です。

 

潰れたとば口の修復が終わりました。しかしこれは見た目で、この後リフィルを適度な力で保持できるように微調整加工を行います。つまり、あまり硬いと先端からリフィルが取り外せず、逆に緩いと下に向けた途端リフィルがストンと抜け落ちてしまいます。

 

正常なホルダーとほぼ同じ保持力まで修正できたら、修理完了です。

この場を借りてお願いしたいのは、Pix-o-mat はまずご自身で分解することはお勧めしません。今回の変形修理以外にも、開けたら元に戻せなくなってしまったという依頼も少なくありません。非常に良くできた製品ですが、複雑な構造ゆえのトラブルも避けられなかったことでしょう。

ボールペンのグリップ割れ修理 / Montblanc Hemingway

ほぼ同じ時期に、モンブランヘミングウェイ(限定)のボールペンの修理依頼が来ました。効率を考え、2本まとめてお直しすることにしました。

 

左の矢印が示すように、縦にカーヴした大きなクラックがあります。一方の右のペンは、クラックが更に進行し、グリップが崩壊してました。そのため、写真のようにテープで巻かれた状態で送られて来ました。

 

2本とも接着補修ではなく、グリップの代替品を作って対応します。左が破損したオリジナル、右が切削途中のグリップでテーパー加工前です。

 

表面に見えるグリップ箇所のみ、艶出し研磨仕上げを行います。次に口金を付け替えます。

 

さらにデコリングも付替えて、グリップの完成となります。

 

ボールペン本体に取付け、1本目が完了しました。

 

2本目も完了。

過去にもお預かりした同モデルで、やはりグリップに僅かなクラックを持つ個体を数回見かけています。どうやらヘミングウェイはグリップが弱いようです。

ペンシルの首軸作成 / Burberry & Pentel

バーバリーの一風変わったペンシル(ぺんてる製)の修理を依頼されました。万年筆のようにキャップを被せる珍しいデザインです。モデル名は知りませんが、ベースはぺんてるのケリーで、操作方法や仕様はまったく同じ。いわゆるキャップ式のペンシルです。ケリーをお使いの方ならご存知、キャップを後ろに装着しても、やはりキャップトップのボタンを押すノック操作で芯を出せます。

本体軸の真ん中が、装飾リングのところで折れてしまったため、芯先を含むグリップがキャップ内にはまったまま外れない状態でお預かりしました。

ご依頼内容はもちろん、使えるように。

 

まずはキャップ内嵌ったままのグリップを取り外します。グリップと中軸の繋ぎねじが水平に破断して、中軸に切断されたネジ脚が残っている状態です。破断面を接着しても強度が保てないため、破損したグリップと同じ物を作ります。

 

エボナイトを削って、グリップが完成(上)。

 

装飾リング、口金、そして芯タンクのすべてのパーツを取り付けて修理が完了しました。少なくとも破損個所につきましては、オリジナルより丈夫に生まれ変わりました。それにしても実物の見た目は、ケリーとは全く違います。一回り大きくて、重量感もあります。

 

ピストンシール作り / PELIKAN 1935 Jade Green

ペリカン限定万年筆の吸入修理を行いました。ペリカン・オリジナル100の形を復刻した限定版、1935のジェイドグリーンです。

「尾栓を回しても空回りする感じで、まったく吸入しない」というご相談でした。症状を聞く限り、2点の問題が考えられます。1つはピストンの螺旋棒/ロッドのいずれかが破損してしまっていること。もう1つは、ピストンシールの摩耗等です。前者の場合、重症と言えますが、お預かりして分解した結果、後者のシールの方でした。

 

といっても摩耗どころか、シール自体が分離破損してしまっていました。数年前にも、やはり同じジェイドグリーンの修理依頼があった時と、症状は同じでした。

 

機構やパーツ自体はレギュラーのM400/M600とほぼ共通ですが、何故かシールの素材はこの限定品に限って違う物が使われています。Mシリーズが半透明の樹脂製であるのに対し、こちらは赤茶色の(恐らく)ゴム系です。現行の物は摩耗で吸入不良を起こしても、まずこのような千切れた破損はしません。

 

現行のペリカン吸入式は、螺旋棒の構造上Oリングではちょっと代替が利かないので、代替の樹脂を切削して、オリジナルと同じようなシールを作る方法をとります。

接地面を慎重に仕上げ、グリース塗布でインク漏れなく滑らかに作動することを確認しました。これにて修理完了。

 

エバーシャープのプランジャー式修理 / EVERSHARP Doric

今回はオノトとは別のプランジャー式万年筆の修理をご紹介します。アメリカのエバーシャープ・ドリックの修理依頼が2件も重なったため、採り上げることにしました。ドリックにはレバー式とプランジャー式の2つの吸入方式がありましたが、後者の方が生産数が少なかったため、修理依頼の頻度もまれです。

吸入不良の原因は、やはりオノトとほぼ同じでプランジャーディスクとシーリングパッキンの破損や消耗になります。しかしながらこのドリックはさらに修理の難易度が高い万年筆で、消耗品の交換をするにも、エラく手間がかかります。それはシーリングパッキンがオノトやインク止め式のように、プランジャーロッドを外した表側からは行えず、ユニット自体を胴軸から取り外して反対側から取り付ける構造になっています。その上、ユニットがネジ+シェラック塗布により半接着されているため、取外し時にパッキンユニットを割ってしまうリスクが高いことも難しい理由です。

 

まず、プランジャーロッド一式を尾栓から取り外し、胴軸本体から引き抜きます。

 

ここが最も難しい、パッキンユニットの取外し。エバーシャープのマニュアルには長時間水に浸け、加熱で少しずつネジ固着が解けるまで繰り返す、とあります。ネジ回す際に、ユニット外側をペンチ等で少しでも強く掴むとユニットを割ってしまう恐れがあります。当工房では治具を作って、ユニット側面を圧入させるやり方にしています。因みにここは左ネジで、これを知らないとセルロイドの胴軸まで割ってしまいます! 写真はユニットが胴軸から外れたところ。この成功率は経験上6~7割ぐらいでしょうか?

 

取り外したユニットの反対(胴軸内部)側。この蓋の中に摩耗したシールが入っています。

 

ネジ溝に残ったシェラック滓を、ネジ切りの要領で削り取ります。

 

もう1本の万年筆も同じ方法で分解していきます。

 

作業の写真を省きましたが、右の軸はユニットがついに外れなかったため、パッキンユニット製作の前提で已む無く削り取ってしまいました。もちろん、ネジ山は慎重に残してあります。

 

パッキンユニット(左)を新たに作りました。右は取り外したオリジナル。内部に蓋のネジ、そして尾栓内のネジ受けも設けてあります。この小さなパーツは見た目以上に加工が多くて骨が折れます。

 

蓋に溝を設け、将来のメンテナンスのために胴軸内部からマイナスドライバーで付け外しが出来るようにしてあります。

 

胴軸への取付け。シェラックは使わず、代わりにネジ山にシーリング材を塗布してあります。取外し前程ではないにせよ、簡単には外れないぐらいの硬さにネジを切ってあります。

 

(1本のペンの)プランジャーヘッドを止める首軸のピンが折れかかっていたため、こちらも新たに作って取り付けました。

 

プランジャーディスクを作って取付けます。

 

そして、ディスクを交換したプランジャーロッドを取付けます。

 

ブッシュの取付け。

 

吸入・排出のテストを行い、修理完了となります。

 

近年の復刻を除き、プランジャー式はやや少数派で、前述のように修理依頼で最も多いのはオノトです。オノト以外ではパイロット、今回のエバーシャープかシェーファートライアンフのVac Fill ぐらいでしょうか。戦前のアメリカの2社がプランジャー式を採用していた点は、とても興味深いですね。