繰り出し式ペンシル修理 / Alfred Dunhill AD2000

繰り出し式ペンシルの、全ユニット交換&コネクター製作という大修理を行いましたので、その記録を採り上げます。回転繰り出し式とは100年以上前に発明されたシャープペンシル黎明期の方式で、キャップチューブ側を回して芯を出し、反対に回して収納を行う機能です。この最も古い方式(当時はポピュラー)は極少数派ですが、高級品、とりわけ太軸を中心に今でも販売されています。

今回お直ししたモデルはダンヒルAD2000(ゴールドプレイト・バーリィ)のペンシルです。芯は0.9mm仕様。回しても芯が出ない上、収納された芯が取り外せません。繰り出し式は先端の口金から芯を装着させるため、一般的なノック式ペンシルのように予備芯で後ろから押し出すことができません。従って繰出し式の故障は本当に大変です! 内部の繰出しユニットを取り外せるモデルであれば、らせんの脇から詰まり芯を見ながら1つずつ外すやり方があります。しかしこのペンシルのようにユニットが接着固定されている物は、分解せずに先端から芯より少し細い針金で、新調に内部の芯を粉砕することから始めます。轆轤を使って、針金を回しながら芯をほぼ粉砕しましたが、回しても一向に動かず、空回りするのみです。

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結局、完全に内部を分解するしか方法がなく、しかもオリジナルのユニットを壊す形でしか手段がありませんでした。依頼主のお客さんに了承を得た上で、その作業を決行。それはオリジナルと同じユニットの在庫があり、元に戻せない場合はそれと付け替えるという最終手段があったからこそでした。

キャップチューブを抜いて最初に現れる消しゴムを外し、メタルファンネルの奥に最初に見える栓(青矢印)の頭が、唯一目視できるパーツです。これを専用に拵えた工具で慎重に引き抜き、ユニットの凡そ7割のパーツを取り外せました。この時点で黒い樹脂のカバーまで抜けましたが、肝心の口金型のコネクター等はどうしても外れません。雄ネジ(赤矢印)が、胴軸先端の内部で接着固定されていたから。余談ですが、今回繰り出し式特有のらせんは見えません。黒いカバーの内部がらせんになっています。

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同じく専用に拵えた工具で、力任せに捻ること数十分、ようやくコネクターの接着が溶けて内部ユニット全てのパーツが現れました。ガイド溝にある黒い部品は、芯の押出と収納を行うリードキャリアーです。やはりここに折り重なるように、折れた短い芯が3個ほどありました。 ※写真は芯の残骸を除去後

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先端の穴は芯を保持する部分。損傷して、もう芯を安定保持できない状態でした。

注)最初に芯粉砕で決して精密ドリルを使わないのは、このリードキャリアーを一発で壊してしまう危険があるため。

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ついでにリードキャリアーの上部も。本来真っ直ぐな細い棒が、つんのめったように曲がって浮きがっています。これは”追い出し”( expel part ) 部で、芯交換の際に短くなった残り芯を、文字通り完全に外に追い出す装置。繰出し式ペンシルを芯のない状態で回し切ると、口金から僅かに飛び出す細い物がこれです。以上がこのペンシルの故障の原因です。どの道、ユニットごと交換するので今回はリードキャリアーを直す訳ではありません。また近年(~現行)ではこんな小さなパーツなのに樹脂ゆえ、かなり華奢です。コストダウンとしか考えられません。そういう点では昔のリードキャリアーは主に金属製のため、遥かに丈夫ですね。

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これから取り付ける、新品の代替ユニットがコチラ。これを胴軸にそのままセットすれば、修理完了! ・・・・・・とはならず、もう一つの難関があります。

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ほぼ全て同じ設計なのに、先ほど取り外した金色のコネクターだけが異なるため、装着することができません。写真からは分かり辛いですが、取外しによりコネクターと(リードキャリアーを収める)サポートパイプ一体のパーツが変形破損して、これはもう使えません。新ユニットのコネクターを同じ形に削って同じ位置にネジを切る方法も試しましたが、流石に追加工は叶いませんでした。

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勿体ないですが、代替ユニットのコネクターを削り取って、一旦サポートパイプを単体状態にしました。次に無垢の真鍮材から削って、オリジナルと同じ形にコネクターを作り、サポートパイプを埋め込んで完成しました(下)。

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整理のため、並べて記念撮影。

新品の繰り出しユニット(上)、破損したオリジナル(中)、今回作った代替のコネクター(下)。

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胴軸に完成したユニットを接着取付けして、ようやく修理が完了しました。胴軸から出るコネクター先端は、長さにして1.6mm。取り付ける前に、先端部分は18Kメッキを施してあります。

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この通り回し続ければ、スルスル~と出ます。

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これと(ほぼ)同じ設計の繰り出しユニットは、他にもモンブラン・マイスターシュテュックNo.167や、デルタ・ドルチェヴィータ・ミディアム等にも使われています。ただしこれらはコネクターも同じ物が使えるため、修理の時はそこまで大変ではありませんでした。今回のダンヒルAD2000の方が、その分作業内容も大がかりでした。因みに繰り出し式と、同じ回転で芯が出る”ツイスト式”とは全く似て非なる物です。ツイスト式がノック式と同じ要領でカチッ、カチッとステップを踏むのに対し、繰り出し式は無段階です。