ピストン式万年筆のシールパッキン製作

ピストン(回転)吸入式万年筆の故障で最も悩ましいのが、吸入不良や後ろからのインク漏れでしょう。インクを吸入・排出する原理は、注射器とほぼ同じ。シリンダー内のシーリング・パッキン、すなわちシールが胴軸内面にぴったり密着して一定の真空を生み出すことにより、安定したインクの吸入・保持が可能となります。しかしパッキンも摩擦による摩耗や材質の経年劣化といった理由で、いずれシーリングが機能しなくなるものです。またパッキンだけでなく、胴軸も材質によっては経年劣化を起こし変形してしまいます。これらが吸入不良やインク漏れの原因となります。

写真の万年筆は修理前のペリカン#100。インクビュー内の黒いシールが、ほぼ胴軸に接していない状態です。そのため、尾栓を回してピストンを上下させてもほとんど抵抗感がなく、全く吸入できません。

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ピストン式のパッキン交換修理の場合、当工房では主に2つの方法を採ります。1つは既成のシリコン製のOリングを使う方法。この方法が最も効率良く、修理費も割と低く抑えられるのですが、対応できないケースもたまにあります。それはピストンロッドがOリングを取り付けられないような形状だったり、取り付けるスペースがない場合です。初期のピストン式 (1930年代~) はどちらかというと、メーカーを問わず元々コルクシールの仕様で、Oリングで代用できる物がほとんど。対する、後年の非コルク製の成型されたシールのモデルは、Oリングで代用できない場合が少なくありません。その場合は別の方法、シールパッキンその物を作って対応することになります。写真左が取り外したゴム成型のオリジナル、右が今回作った代替品。これは切削するにはちょっと柔らかく、形に起こすのが難しいので見てくれは決して良くありません。しかしインク吸入・保持という機能が優先なため、そこは仕方ないですね。それでも一番手間が掛かり気を抜けないのが、胴軸内面に接する、つまり外径が一番広い箇所の最後の仕上げ。ここを丁寧に行わないと、ぴっちり接して抵抗感があるのに、隙間から後ろにインクが回ってしまうことになります。こうなるとやり直しはまず無理。また一から作り直さなければなりません。

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ピストンロッドに装着。

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胴軸に取り付けて、吸入・排出の操作ができる状態になりました。インクビュー内面に、シール外周がしっかり接していることがお分かりいただけますか? 補足しますと、逆にあまりピッタリし過ぎてもダメ。ピストンの動きが非常に硬くなり、吸入機構その物を痛めてしまう恐れがあります。最も難しいのが、滑らか且つインク漏れを起こさない程度の微調整とも言えます。

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