オノト プランジャー式の修理 No.1

アンティーク万年筆の中でも、日本で特に人気の高いONOTOの修理依頼です。メーカー自体は1950年代までありましたが、主に愛用(出回っている)されている個体は戦前のモデルばかりです。この複雑なプランジャー式の修理の需要は多く、これまでかなりの本数をこなして参りました。

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故障個所のほぼ9割は、シーリングコルク摩耗による後ろ側からのインク漏れ、またプランジャー吸入の要『弁』の摩耗・破損による吸入不良です。

ところが今回の依頼品は、それ以前の不具合。通常はプランジャーロッドを引っ張れば尻軸が大きくスライドしますが、写真のように固着してこれ以上動きません。

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一旦スライドの不具合は諦め、尾栓から外します。※尤も尾栓を外さないとロッド全体を胴軸から取り外せませんが・・・・・・。さて横から尾栓とロッド後端を貫通して留めてある”留めピン”を外しました。このエボナイト製のピンは外径わずかφ1.2mm!

経年もあり少なくない確率で、外す時に折れてしまいます。堅牢なエボナイトも、あまり細いか薄いとプラスティックより簡単に折れてしまいます。

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再び組み立てる時のために、先に同じエボナイトで作りました。

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やっとロッドを取り外せました。外側から何度も温風を加え、少しずつ根気よく動かしての結果です。力加減によっては、この時点でロッドを破損させてしまう恐れがあります。

やはりオリジナルの弁が腐り、胴軸内で固着していました。

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先ずは朽ちたコルクを取り除き、Oリングのパッキンを埋め込みます。その際に内径をOリングの外形に合わせて若干広げます。内径を広げた上、Oリングはコルクに比べて高さがないので、大きく隙間が生じてしまいます。その隙間を埋めるスペーサーと一体型の蓋を作って、閉めたところ。後年何かがあった時、メンテがしやすいようにマイナスドライバーの溝を掘ります。手前は役目を終えたオリジナルの蓋です。

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腐食していたゴム製の弁を取り外し、シリコンで作った新しい弁を取り付けて加工作業は終了。この後組み直し、水で吸入試験に移ります。”ジュポッ”という快い音でしっかり吸入すること、後ろから水が漏れないことを確認して修理完了です。

 今回のご依頼物は、前述の「ロッドが固着していた」点とピン折れ以外はどこも破損していなかったので、基本作業+αで済みました。いずれ、破損した物やロッドパーツが欠損した状態の修理もご紹介します。

モンブランNo.144 テレスコープ デモンストレーター仕様!?

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モンブランの1950年代のNo.144です。これをご依頼により、透明アクリル材から削り出し、製作しました。元の軸は特に破損していませんでしたが、経年で著しく痩せていました。「いつ破損するか不安なので、いっそ胴軸ごと新たに作って欲しい。そしてどうせ作るなら、デモンストレーターのような全体が透明な軸を作れますか?」というお客さんからのご依頼内容でした。

オリジナルの胴軸と今回作った胴軸のショットがこれです。

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痩せに加え、黒い表面塗装の退色もやや進んでいるようです。

この類の万年筆の場合、単に胴軸だけ同じ形に作れば良いという訳ではなく、内部の細かい吸入機構のパーツを”正確に吸入するように”移し替えます。当然その機会にパーツの洗浄やグリースアップも行います。何十年と言う長い年月、密封されていたのですから。同時に傷んだコルクパッキンをシリコン製パッキンに交換、更にスペーサーやナット等、合計3つのパーツも新たに拵えなければなりませんでした。

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ピストン吸入式の胴軸製作で最も難しいのは、ネジ切を含めた外径加工よりも内径の方です。特に仕上げ。内部の穴開け後、刃物傷を取りつつ内径を上から下まで”均一に”処理しなければならないからです。ここが狂うと、後ろのノブを回転させてピストンを動かす際に、動きが重い個所と軽い個所に別れてしまいます。そんな状態で吸入と排出を繰り返すと、大概インクが弁より後ろに回ってしまうか、少ししか吸入できません。

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水の吸入テストが済んだら、実際にインクを入れて更にピストンを上下させて絶対にインクが後ろに回らないかチェックします。写真では何色か分かり難いですが、ブルーインクが入っています。後は1~2日置いて様子を見て、完了となります。

 デモンストレーター仕様での製作は非常に珍しいケースです。ほとんどの方は、オリジナルに近い外観での修理を望まれます。例えば今回のような吸入式を作るにしても、黒い材料+透明アクリルにオリジナルと同系統の着色が普通です。或いは一旦アクリルで作ってから、インクビューと黒に塗り分けるという方法も。なかなか大変でしたが、お客さんのそんな遊び心で私も良い経験と技術習得ができました。