首軸ネジが分断したら・・・。 / Montblanc Meisterstück 144

モンブラン マイスターシュテュック144 (CF)の首軸が、ご覧のように胴軸と開閉するネジの所から破断してしまっています。これは(主に)カートリッジ式ならではの壊れ方ですが、首軸の修理ではある意味これが一番難しいです。例え接着してもネジをしっかり閉めようとすれば、止まる位置で破断面に、また握って書こうとすれば、当然同じ箇所にやはり結構な力が加わって、まず再び外れてしまいます。

ではネジを新たに拵えて、首軸に接合するやり方はどうか? それもこの種の万年筆には、ちょっと無理です。作ったパーツを接合するためには、ネジより上の首軸も削って接着面を設ける必要がありますが、すぐカートリッジ/コンバーターの取付け口=穿刺チューブがあるため、ここから上は刃物を当てられないのです。

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以上の理由で、今回は首軸全体を作ってしまう方法しかありませんでした。そうすればネジを含め一体型で、強度面でも安心です。

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さてもう一つ作らなければならない物があります。それは首軸先端側の装飾リング。これは装飾を兼ねた、キャップを安定して支える重要なパーツになります。キャップ内にあるインナーシールキャップとリング側面が触れて、キャップを固定する仕組みだからです。ところがリングの腐食がかなり進行していたため、外径もほんの僅かに落ち、キャップをしてもスカスカ状態でした。

左が破断したネジのすぐ上に来るリング、右が今回作った先端リング。

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それぞれ作ったパーツ、ペン先とペン芯のすべてを取り付けて、完成しました。

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修理完了。基本的な設計やサイズは踏襲されつつも、現在でも販売されているモンブランのNo.144。今回のモデルは最初期型のようで、雄ネジが樹脂であるのに対し、この後のマイナーチェンジ~現行モデルは金属製となります。

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キャップ縁作り / DELTA Dolcevita

デルタ ドルチェヴィータ(万年筆)の、破損したキャップの修理になります。ほぼ同じ時期にそれぞれ別の方から依頼されたので、2本まとめてお直ししました。

右がスリム、左がミディアム・ピストンフィリング。サイズこそ違えど、作業は同じです。2本とも、キャップリング真下の”縁(へり)”部分が破損してしまっています。

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垂直クラックでやや開いた状態と、もう一方は同じ破損の後、取れた縁が紛失してしまっています。

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常時黒い材料をストックしていることもあり、同じ形に作って取付ける方法でお直しします。まず割れたオリジナルの縁部分を外し、これから作る縁がピッタリ安定して接合するように接着痕も綺麗に削り取ります。

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材料となる黒いセルロース樹脂を削って、製作に取り掛かります。

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穴開けを終えキャップ側が材料にぴったり収まることを確認したら、一旦残りの材料から切断します。

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接着が乾いたら、ここから外側と端面をオリジナルと同じ形に削ります。

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角を丸く削り、傷取り&艶出し研磨を終えて2本とも完成しました。

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ドルチェヴィータは縁の部分が弱く、これまで割れた個体を多く見て来ました。そのため、ボールペンも含めてこの修理はしばしば依頼されます。修理に使った材料は割れにくいという長所があるため、少なくともオリジナルより長持ちするものと確信しています。

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複雑な製図用シャープペンシルの修理 / ぺんてる メカニカMEC Pentel

ちょっと複雑な機構を持つ、珍しい製図用シャープペンシルの修理を依頼されました。ぺんてるの1960年代のメカニカMECというモデルです。修理のご依頼内容は2点。

①ノックが作動しない、つまり芯が出ない

②ペン先を保護するパイプが正常に動かない

 

下は修理後の写真ですが、お預かりした時はこのような状態でした。芯を出すガイドパイプを隠した(保護した)まま、ビクとも動きません。私も初めて触れるペンシル故、故障云々の前にどのように機能するのかさえ、最初は正に手探りでした。本来は格子溝の付いたグリップを回して、太いパイプを収納して口金を表に出す構造までは分かりました。しかし何が原因で、これらのパーツが固着して作動しないのか、それをつきとめなければ修理に入れません。

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慎重にグリップから順番に外し、中のスライドパイプやガイド部を弄っている内に胴軸が真っ二つに分離してしまいました!

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破断面を見ると傷口がピッタリとは合わず、接着した痕が見られました。元々このように破損した物を接着してしまった為に、すべてのパーツが作動しないことが判明。また、後軸内に収まるノックボタンから前軸までを繋ぐ長い芯タンクも、一緒に接着されていました。これではノック式ペンシルの基本動作、そしてガイドパイプを繰り出し・収納するパーツ類も操作できる筈がありません。少なくとも接着で諸々が機能するように直すのはまず不可能。色々検討した結果、土台となる樹脂の前軸をそっくり同じに作り、且つ後軸に固定して、すべてのパーツを元通り取り付けることにしました。この時点で”機能する”までに再現出来るかは確証がありませんでした。

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前軸を残らず削り取って、現れたノックメカの心臓部。製造時の成型固着らしく、取り外せなかったのでこうするしかありませんでした。(置いた)位置が左右逆転していますが、左側が先端部、口金との接続部分になります。

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オリジナルの作りとは異なりますが、これから作る前軸としっかり固定するため、後軸の破断面を綺麗に削って整え、ネジを切りました。

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前軸の土台が完成。こちらも後軸と安定して固定させるためのネジを切っています。表面の段やテーパー付けに、結構時間が掛かりました。ガイドや保護カバーがぴったり取り付けられるように、何度もメタルパーツを合わせては微調整を繰り返す必要がありました。例えばテーパーの角度がほんの少し緩いだけで、金具が奥まで入ってくれない、と言う具合に。

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チャック等を内蔵するメカ本体の取付け。

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後軸と接合して、各パーツを取り付けていきます。凹み打痕のあるガイド部は、作った前軸にも凹みを設けてかしめて固定。シャー芯が出ているのが分かりますね。写真と説明は省きますが、この間ノック機構の修理は終えています。

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グリップ取付け。

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グリップを回して保護カバーが作動しました。

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この類の機能・構造を把握しながらの切削加工修理は、何よりも元のパーツや状態を図面に起こす事が大変重要です。図面を作って、初めて壊すことを含む加工の作業に入れる訳です。破損していない同じ物が見本としてあれば別ですが。

破損の状態にもよりますが、今回のような破断面同士の傷口が合わない例は、再現する本来の長さが分からないのが厄介なところです。

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製作日誌 / SAILOR MINI 23K

今回はセーラーミニのキャップのみ作りました。

前回がリングだけを移殖した円柱形であるのに対し、オリジナルと全く同じ形での製作依頼でした。リングの他、クリップや天ビス、インナーキャップ等すべてのパーツを移殖しています。

材料は青/黒の縦縞模様のカラーエボナイト。かなり暗い色なので、写真では黒との識別は難しいですが・・・。

 

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修理日誌 割れたキャップチューブの製作 / PELIKAN 100N

ペリカン100N のキャップをお直ししました。写真はまだ修理する前の一枚。

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キャップの縁からリングの少し上辺りまでクラックが出来てしまっています。このモデルは接着で補修しても、(写真のように)尻軸に挿すと再び傷口が開いてしまうため、依頼者様には最初からキャップチューブ製作の方法をお勧めしました。

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クリップ、天ビスの他、装飾リングも移殖するため、まずは破損したキャップを削ってリングを取り外します。

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新たにキャップチューブを拵えて、リング以外のパーツを仮付けして出来の具合をみます。以前はエボナイトを使っていましたが、今回は(今年から新たに導入した)黒のセルロース樹脂から作りました。なお初初期~前期の#100などはエボナイト(キャップ)製ですので、それはやはりオリジナルに合わせてエボナイトで作ります。

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キャップリング溝彫り専用の刃物、剣(けん)キシャゲでリングと同じ幅に溝を設けます。この作業は主に動力を止めて、轆轤の足踏みで行っています。

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溝を彫り終えたら、いよいよリングの取り付けに入ります。そこでリング”圧入”のための専用治具を久々に引っ張り出します。写真では多分分からないと思いますが、この治具は浅めの内部の穴が2段になっています。上の段がリングを載せるためのもので、下の段は取付けで叩き込む際、最終的にキャップの縁が収まるように設けたスペースとなります。大体Φ25mm前後の太さのエボナイト棒から作る、至ってシンプルな道具です。日本に於いては射出成型での万年筆製造以前は、基本この方法で1本1本リングを取り付けていました。当然、リングの外径が0.1mmでも違えば、都度専用の治具が必要になってきます。

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リングの圧入作業(叩き込み)開始。足踏みで少し回転させては治具の底をトンカチで何度か叩く。リングは傾いた状態で少しずつ収まるべき溝に段々近づくので、僅かに右、左という要領で回転させて叩き続けます。回転させずに1ヵ所を集中的に叩くと、リングが変形若しくはブチ切れてしまうという訳です。

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無事決めた位置に収まりました。余談ですが溝幅を正確に彫らないと、リングの上下に隙間が生じてカッコ悪くなってしまいます。また、少しでも深く掘ってしまうと、取り付けてもリングがくるくる動いて固定されません。

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キャップの完成。この後、天ビスとクリップを一旦取り外して、表面研磨します。

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研磨洗浄が終わり、これで作業は終了となります。

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納品後お客さんからは「何十年も昔に製造された他の部品の中に完全に溶け込んでいます」とのご感想をいただきました。今後も、このように材料を使い分けて対応していきたいと思います。

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インクタンク製作 / AURORA Land of Afrika

胴軸がインクビュー付近から折れてしまった、アウロラ万年筆の修理を依頼されました。リミテッドエディション『アフリカ』。

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透明アクリルのインク貯蔵部が、首軸内側の接続部分で真っ二つに折れてしまっています。この類の破損は過去の例でも、接着しても再び折れる可能性が高いため、内部のインクビュー一体型のインクタンクを同じ形に作って対処します。

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製作の前にまず胴軸側、首軸側とも透明アクリルの残りをすべて削って除去します。

写真は接着されていた透明部分をすべて削り取り終えた状態。

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必要な部品等を一旦すべて取外し、インクタンクの製作に入ります。

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アクリルよりやや柔らかく、逆に割れにくい透明セルロース材でインクタンクを作ります。写真はリング(ロワー)を仮装着した姿。

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ペン先ユニットを取り付けるための、ネジ切り(内側)。

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削り、そして水の吸入・排出の試験を終えたら、割れたオリジナルのインクビューに近い色になるよう染色を行います。

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最後に内外から研磨・艶出しを終えて、すべてのパーツを再び組み立てれば完成です。パーツ製作は確かに難しいですが、最も神経を使うのが破損したインクタンクを完全に削り取る作業です。オリジナルのボディ側を壊さないよう、削り取らなければならないからです。実際、掛かった作業時間も全体の4割程になりました。

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この方法でオプティマ/88シリーズにも対応できます。

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製作日誌 割れたキャップがきっかけに / SAILOR MINI 21K

キャップのひび割れが著しい万年筆をベースに、キャップと胴軸の製作を依頼されました。ベースはセーラー・ミニ(大)21K。

材料は赤/黒のカラーエボナイトで、胴軸はオリジナルと同じ形、キャップはリングを流用、クリップ無し。そして極力円柱に近いデザイン。写真では分かりにくいですが、先端がほんのわずかにテーパーをつけてあります。

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出来が合ってキャップを後ろに挿し、握って見ました。エボナイトの軽さも手伝って、結構バランスの良い握り心地で、ショートサイズの万年筆らしからぬ重厚感&質感が得られました。

ところで最近は本体の破損を機会に、最初からオリジナルのボディ製作を依頼される方が増えています。それには依頼者様のアイディアや遊び心次第で、思いもよらぬ面白い物が出来上がることもしばしばです。

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