吸入機構用極小パーツ製作 / Montblanc No.256

今回はアンティーク・モンブランのとても小さな吸入パーツの一部を作って組み込むという、かなり難易度の高い修理を行いました。

「折角モンブランNo.256を入手したものの、ピストンが空回りして全く吸入が出来ない」というご相談でした。確かに尾栓を回しても空回りして、ピストンロッドが全く上下に動く気配がありません。

f:id:hikkigukobo:20201007231837j:plain

 

「これは中のパーツのどれかが折れているようだ」と睨んだ通りでした。胴軸と尾栓を繋ぐ、ダブルエンドボルト型の樹脂コネクターを外し、尾栓を外してギアノブが現れます。尾栓内部がネジ受け(=ラック)になっており、噛み合って左右に回せる仕組みです。(尾栓を外しても)このギアを指でつまんで回すと、内部に組み込まれたスパイラルロッドも一緒に回転してピストンが上下する筈なのですが、回るのはやはりギアだけ・・・?

f:id:hikkigukobo:20201007231852j:plain

ギアとワッシャーの接続付近を確認して、原因が判明。インナークロー(内爪付き)ワッシャーの”爪”が欠損して、ただの凸ワッシャーと化していました。左のハトメ状のワッシャー表面に、一か所折れた付け根が僅かに残っています。

※ギアノブを外すには、一番端のスナップリングを外さなければなりません。
専用工具が必要で、通常の方法では再び固定することが出来なくなります。絶対にご自身で分解しないでください。

f:id:hikkigukobo:20201007231910j:plain

 

本来あった内爪が、一か所突き出ているギアノブの突起を受け止めて一緒に回転する仕組みです。こんな小さく複雑なパーツの作成経験も技術もまだなく、これは困りました。弊所での作成は諦めて、外注で作って貰うことを前提にお客さんにはお伝えしました。付き合いのあるパーツ製作業者さんでも、問題は最低50個又は100個~となりそうです。当然、こんな需要の低いパーツ故、今回は赤字覚悟でした。何しろこの破損例に当たったのは今回が初めてだったのです。

f:id:hikkigukobo:20201007231944j:plain

 

外注に出すにも、(図面がない以上は)元となる見本が無ければ依頼出来ません。幸い工房に同じユニットを持ち稼働するNo.252とNo.264の残骸があったため、オリジナルパーツは確保出来ました。もちろんここから取り外して依頼品に取り付ければ、確実にお直しは可能です。しかし、これを使ってしまったらパーツ発注の機会が失われ、次同じ修理に直面した時に困ります。ということで、将来を見越してまとめて在庫を持つことに決めました。

構造を整理しますと今回の破損パーツは、前述のギアノブのストッパーの役目を果たすだけでなく、(折れた)3段構造の内爪の裏側がスパイラルロッドの溝にピッタリ収まり、一連の真鍮パーツ全体を左右に回転させるという二役を担っています。凄い!

 

写真は稼働状態の同じユニット。ちゃんと内爪が付いています。

f:id:hikkigukobo:20201007232001j:plain

 

業者さんに送る前に、どこまで出来るか挑戦してみました。余談ですが、採寸して図面を起こすのに2時間は掛かってしまいました。ツバ部分の外径 はオリジナルと同じΦ6.0mm。下のワッシャー部の厚み、全体の高さもオリジナルと同じ寸法まで削り込んだら、一旦轆轤とフライスから離れます。

f:id:hikkigukobo:20201007232018j:plain

 

ここからが完全な手作業。

f:id:hikkigukobo:20201007232107j:plain

この凸円の8割は要らないため、まず先に半分削り取ってしまいます。

 

形は何とかほぼオリジナルと同じ所まで持って来られました(左)。3段の階段状になっているのが分かりますか?

f:id:hikkigukobo:20201007232314j:plain

 

なお、一見平面に思える内爪もちゃんと弧を描いており、内径は下穴より更に狭く作っています。言い換えれば、裏の丸穴から内径ギリギリの丸棒を通しても、内爪の付け根の箇所でつっかえればOKとなります。こうしないと、スパイラルロッドの溝にピッタリ収まらないだけでなく、ギアノブも奥まで被さりません。

f:id:hikkigukobo:20201007232333j:plain

 

すべての真鍮パーツを取り外して、まっさら状態のスパイラルロッド。

f:id:hikkigukobo:20201007232415j:plain

 

最終的に間に樹脂コネクターを取り付けますが、先ずは作ったパーツを含めてすべてを仮付けして、回転機能するかを確認します。

f:id:hikkigukobo:20201007232520j:plain

仮付け①

ギアノブを回すと内爪がストッパーとなり、一緒に稼働しました。ただこの時点でまだワッシャーのツバとギアノブ突端の間の隙間が広いため、内爪の外側を削って調節します。

f:id:hikkigukobo:20201007232543j:plain

仮付け② → 成功!

隙間が上手く解消したので、胴軸と尾栓を繋ぐ樹脂のコネクターを再び取付けます。青の丸囲いのように、ここでスパイラルロッドの溝が見えず、件の”内爪”が見えるのが正常な状態です。

f:id:hikkigukobo:20201008221627j:plain

 

f:id:hikkigukobo:20201008221924j:plain

 

すべての駆動パーツが噛み合ってピストンが伸縮して、初めてインクの吸入・排出が行える訳です。パーツ作成の外注に出すことなく、修理完了!

f:id:hikkigukobo:20201008221954j:plain

破損した内爪ワッシャーを含む一連のメタルパーツは、モンブラン No.25X, 34X(前・中期~), 26X, そしてモンテローザ O42 / G すべてに共用されています。どのモデルにも同じ故障であれば今回の修理技術で対応可能です。

手持ちの古いサービスマニュアル(恐らく当時の販売店向け)にも、今回のパーツを展開した図は載っていませんでした。

f:id:hikkigukobo:20201009232449j:plain