修理日誌 最も小さな吸入式 / PELIKAN M320

ペリカンはもちろん、ピストン吸入式で最も小さいであろう万年筆・M300系の軸折れ修理依頼です。ご依頼の万年筆はM300シリーズの限定モデルのM320 ルビーレッドでした。これまで同様の破損例はM400やM800 の修理で診て来ましたが、M320は稀です。
稀と言いますのは、M300系の売れた個体を含む絶対数が、前述のモデルと比べるとかなり少ないというのもあると思います。

では具体的な修理の話に入ります。首軸と胴軸の境目でポッキリ破断しています。検査の結果、首軸自体は他に亀裂等の損傷が見られなかったため、これはそのまま流用することにしました。写真はお預かり後、首軸内部に残ったアクリル製ジョイントの一部を取り出した状態です。

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破断面を綺麗にさらって、胴軸加工の準備に入ります。こうしておかないと、刃物を当てた時に、回転の力でバリバリっと周辺も大きく破損させてしまう恐れがあります。

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これから作るインクタンク&ジョイント一体型のパーツを取り付ける(埋め込む)ための、穴開け加工を行います。インクタンクが収まる内径で、胴軸の2/3程掘り込みます。この作業が今回の修理で最も危険で神経を使いました。インクタンクのパーツ作りは確かに難易度は高いですが、失敗すれば作り直せばいいだけのこと。それに対し、加工で割れやすい柄物アクリルをより薄いパイプ状にくり抜くのです。水冷却&切削で、無事狙い通りに本体加工が終わりました。

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インクタンクを透明セルロース樹脂で作ります。

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内面を良く磨いたら、一旦吸入器を仮装着します。ピストンがスムーズに基準値(インク代わり)の水を吸入、かつインクが後ろに回らないよう何度か試験を行います。

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これらをパスすれば機能的には直ったも同然になります。しかしこの状態で胴軸に取り付けてしまうと、透明度が上がってルビーレッドの胴軸の雰囲気が外見上からもオリジナルと大きく変わってしまいます。従って、折れた元のインナーに近い色合いに染色を行います。

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接着なしの仮付けで、修理前と変わらない感じであることを確認しました。

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胴軸埋込の接着、及び首軸にも接着を行い、修理が完了しました。本当は内部ジョイント箇所の一部だけを作って接着する、より作業工程が少なく修理費も安く出来る方法も検討しました。しかしその方法だと首軸はいいとしても、胴軸は端面の他、胴軸内壁(に接する)との接着シロは僅かh=1mmしかありません。そのような皮一枚に近い状態ですと、ちょっとした衝撃で再び破損しないという自信も確証もありませんでした。だから、いっそのことインクタンクごと作って、接着シロを広くとって強固な修理にする必要があったのです。その首軸と胴軸の接続構造自体は、サイズが違うだけでM400 ~ M1000 も同じです。

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